想念・意識・魂・自我・感情!

想念・意識・魂・自我・感情!

私達の思いというものを考えてみて下さい。

表題に書いたように思いを表現した言葉は色々あります。

私とは一体何者なのでしょうか?


肉体を使っている意識体と言い方もできます。

肉体に宿った魂とも言えるでしょう。

肉体が自分でないことは理解できますでしょうか?


肉体は三次元で体験するための乗り物に過ぎません。


この肉体を使って、私達の魂が個性という思考によって、様々な体験をするのです。

個性という思考は、カルマとも言えます。

個性という思考は、性格でもあります。


一人ひとりの想念形態が違う分だけ、様々な体験が可能になります。

そしてひとつの課題が終了すると別の課題が現れます。

心の進化にともなって様々な課題をクリアしていきます。

これを試練というかもしれません。


こうして様々な体験から学びを得ることで魂は成長します。

体験は魂を成長させるための、大切な計画でもあるのです。

今の時代の大きな学びの一つに、理性を学ぶことがあります。

今までの動物的、本能的思考から一歩進化して、理性というものを学び始めたと思って下さい。

この理性こそ感情のコントロールであり、お互いを思いやる愛の心に繋がるものです。


我がの世界から、集合意識へと変化し、最終的にはワンネスを体験することになります。

あらゆる神のエネルギーに気づき始めるのです。

そして自分の実態にも気づき始めます。

宇宙のエネルギーと言う創造エネルギーと自分という意識体との関係に気づき始めます。

この気づきが起き始めると、自然界の様々なものとの繋がりも理解できるようになります。


そしてこの私達が住む世界の構造も、徐々に理解できるようになります。

私達の住む世界は一見悪がはびこる低い波動の世界に見えますが、それを創り出しているエネルギーを理解することで、現実を知ることができます。

そして私達の思考というものをより理解することで、この現実を別の次元へ変化させることが出来ることも判ります。


すべてはエネルギーです。


私たちは感情というものを通じて、カルマを体験し、そこにエネルギーを見出すことが出来れば、自分の意志で自分の世界を作り出すことが可能だということに気づきます。


一見自分の周りの世界が、固定された世界に見えるのは、私達がこの世界があるものと認識しているが故です。


しかし、先程も言いましたようにすべてはエネルギーです。

ここに答えがあります。


私たちは、思い・感情・思考などなど・・・こういったエネルギの使い方を学んでいるのです。


そこに理性という一つのキーワードがあります。

そして今何を進化させるのかは、この理性と呼ばれる掴みどころのない感性ではないでしょうか?


何が理性なのか?

何処までが理性なのか?

理性とは何なのか?


この掴みどころのない何かこそが、私達を進化させるものなのではないかと思います。



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対立のエネルギー!

対立のエネルギー!

みんな知らない間に、対立のエネルギーを作り出しています。

それはほとんどの人が正義だと思っているからにほかなりません。

正義を貫こうとすると悪に会います。

では悪ってなんでしょう?



正義に燃えている自分を想像してみて下さい。

自分が正しい、自分は間違っていない、私は正義だ、正義の為に戦うんだ、となります。

そして自分の言っていることが理解出来ない人々を弾圧・抑圧・牽制します。

これって闇がやっていることと同じことではないですか?



私たちは正義を振りかざして、闇に心を奪われていることに気づかないのです。

怒り、憎しみ、恨みなど、自分の思い(正義)が理解できない人々を、受け付けなくなります。

よく家族の中でこんなドロ沼試合をしている人がいます。

でも本人は親が悪いだとか、姑が悪いとしか言いません。

絶対自分が悪いとは言いません。


悪いのは誰ですか?


誰も悪くないのです。


みんな自分の思いで生きているだけです。



勿論国策を考えると、一部の人々に都合の良い政策ばかりが目につきます。

しかし、これらも私達が長年許してきたことなのですから、今更昔からのやり方を直せと言っても、そう簡単には直りません。


誰かが書いていましたが、反対する者、される者両方に悪魔が住んでいるのです。

支配している側にだけ住んでいるわけではないのです。

そして悪魔は、両方からエネルギーを吸い取ります。

「もっとやれ!もっとやれ!」と言って笑いながら見ているかもしれません。



どうですか?

今までの生き方を振り返ると、敵はあなたの中に居るのではありませんか?


あなたの正義感の中に!

あなたのその許せないという心の中い住んでいるのではありませんか?


ムーディ勝山さんのように「右から左へ受け流す」と言うのも対立を作らない方法です。

そもそも自分が正しいなどと思わないことです。

不完全な人間がやることです。

間違っていて当たり前です。

そういう間違えから学んでいるのですから・・・




あなたは悪魔にエネルギーを与えていませんか?


他人の信念を変えることは出来ない

他人の信念を変えることは出来ない!

すべてにおいて自由意志を尊重しなければいけません。

誰かの進む道が間違っているように思えたとしても、それを引き止める権利はありません。

すべてが自由意志てあり、他人の自由意志を束縛することは出来ないのです。


逆に言えば自分の自由意志も尊重されるべきであるということです。

今までの私たちは、何かと周りにお節介を焼き、「こうしなさい!ああしなさい!」と他人の人生にまで介入してきました。


しかし「許す」と言うことを学び、自由意志を尊重することを学べば、これらの介入うはカルマへの介入に成ることも分かるはずです。


他人の体験を奪うことは、奪った人にも責任が生じるのですから、他人の人生の責任をあなたが負う自信があるのなら別ですが、自分のことすら責任が取れないのに、どうして他人の責任まで取ることが出来るのでしょう。



人それぞれ体験するカリキュラムが違うのですから、信念形態も違って当然なのです。

魂の学びが未熟な人もいれば、多くの転生で多くの学びを終了している人もいるのです。


遥か昔の自分がそうだったように、まだ学びを完了していない人々も、それが学びの体験なのです。

たとえ今回のシフトに乗り遅れたとしても、それはその魂の学びのための選択にすぎないということを理解して下さい。


ですから他人をコントロールすることは辞めて下さい。

自分は自分の道があるように、他人にも道があります。


お節介は、自己責任という立場から極力しないようにし、「許す・認める」ことに意識を向けて下さい。

そして守護霊様のように見守ることです。

宇宙の一部!

宇宙の一部!

あなた方は宇宙の一部であり、神の一部です。

あなたという存在は、今というタイムラインの他に、過去にも未来にも存在し、また別の星や地球の裏側にも存在しています。

あなたの後ろには大いなる意識が存在し、その大いなる意識の赴くままに数多くの魂たちが様々な場所で魂の体験をし、大いなる意識へ持ち帰ります。

あなた方一人ひとりは大いなる意識の体験部隊ということになります。

大いなる意識は宇宙創造意識と繋がり、そしてこの宇宙創造意識により近づくために、多くの体験から学び、宇宙創造意識へと還元されます。

すべての魂は、体験を通して宇宙創造に加わり、宇宙創造意識の思いを表現しているのです。

あなた方一人ひとりもこの宇宙を創造するためいここにいるのです。

決してそこにいることが無駄なわけではありません。

全ては必然の中で、自分の思いを通じて創造に加わり宇宙を形成するのです。

鉱物も植物も動物たちも、すべては宇宙創造の手であり足であるのです。


落ち葉の一つひとつに宇宙造像意識が宿り、宇宙意識はありとあらゆる全てを知り尽くしています。

すべてが完璧であり、何一つとして無駄なことはありません。


あなた方の住む地球も、一見ネガティブでどうにもならないように見えるかもしれませんが、このどうにもならないと思われることにすら宇宙の愛があり、宇宙の計画があり、そこに学びがあるのです。


宇宙は規則正しい周期に基づき、歴史の分岐点を通過します。

これも宇宙の必然の一部です。


そして今地球はその分岐点にさしかかろうとしています。

あなた方が考える以上に宇宙は完璧に変化します。

寸分の狂いもなく変化を成し遂げることでしょう。

あなた方は宇宙の一部であり、その一部としてこの地球の変化を体験できるのです。

あなた方がとても大事だと思っている肉体すらも、この3次元で体験するための服のようなものです。

あなた方はあまりにも物質的なものに拘り執着するが故に、本質を忘れているだけです。


これから起きる壮大な宇宙のイベントで、その忘れていた大いなる意識を思い出すことでしょう。

そして多くの魂が大いなる意識へと帰還し、本来の自分を取り戻すことでしょう。


宇宙の法則は人生哲学!

宇宙の法則は人生哲学!

いつも「宇宙の法則」とか「愛の法則」とかいつも言っていますが、結局は人生哲学だと思います。


ユングやソクラテスやアリストテレスやプラトンなどなど、多くの先人達が私達に名言を残しています。


また宗教家と言われるような人たちもそうですし仏陀や孟子、イエスもこの不変なる法則を説いたのではないでしょうか。


アダムスキーやアラン・カルディックなどは直接霊人や宇宙人達とコンタクトを取っていたのでしょう。


どのような思想や宗教も、結局行き着くところは同じではないかと思います。

ただ主張する場所が色々あって、変な争いも起きたりはしていますが、結局は善を説き、愛を説き、人としての生き方を説いているのだと思います。



私のブログでいつもお話していることも、


どう生きればいいのか!

生きるとはどういうことなのか!

愛とは!

善とは!


また、深層心理や精神哲学や心の作用といったものが多く含まれます。



みんなこの地球に生きているだけで、悩み・苦しみ・怒り・憎しみ・恐れを抱き生活をしています。

どうしてこんなにも生きることが苦しいのか?


哲学者や宗教家・賢人たちも、みんな同じ事で悩み苦しみ、そして乗り越えながら「生きるとは」という自問自答を繰り返しながら、多くの悟りを開かれたのだと思います。


答えは一つではありません。

悩みの数だけ答えがあり、気づきの数だけ答えがあります。



コメント欄でも色々と質問される人がいます。

でもその一つひとつの答えを言ったところで、捉え方やその人の状況、進化の度合いによって、多くの受け取り方、感じ方があるのです。

ですから答えは一つではないのです。


勿論私の書いているこのブログも、読む人の状態によって全く違った捉え方をされます。

分かる分からないではなく、捉え方が各々に違うのです。

ですから答えも全て違うことになります。



私たちは進化という過程で、意識を拡大し、この3次元的な意識を超越し、本来の魂のあり方を学んでいるように思います。


すべては通過点であり、ゴールは遥か彼方にしかないと思います。

アセンションという言葉もよく使いますが、アセンションを期待しないことです。

誰かが何とかしてくれると言うことではなく、アセンションも通過点でしか無いということです。

そこに集中するよりも、今の自分を磨くことです。

人生哲学を学び、自分の人生を生きることです。

言い換えれば「生きること」に気づくことです。



「生きる」というこの一言すら分からないのが私達です。


あなたは自信を持って「生きています」と言えますか?

「生きる」ことを説明できますか?



言葉尻をいくら追いかけても答えは見つかりません。

自分で探すしかないのです。

自分の人生は自分で決めることです。

そして生きることに責任を持つことです。

「私は生きてます」と笑顔で言えるような自分になることです。


「心・魂・精神」これら掴みところのないものを、私達は何とか掴み取ろうと必死に成っているように思うのです。

だからみんな哲学者であって、みんな答えを求めて生きているのです。

多分何百、何千と文字を連ねたところで、その答えは見つからないと思います。

でもこれが人間です。


死ぬまで勉強です。

死んでからも勉強です。

進化とはそういうものだと思います。


すべては通過点なのですから・・・



葛藤を手放す!

葛藤を手放す!

善だとか悪だとか言っていては、葛藤は手放せません。

これらの葛藤は、全て何かの基準に対するものだからです。

自分の心に葛藤が起きるとき、誰かと比べている自分がいるはずです。

何かに対する基準あるから葛藤が起きるのです。


基準にしているものは何でしょう?


地位ですか?

名誉ですか?

世間体ですか?

誰かと一緒であることですか?

社会の一員になることですか?

常識ですか?

価値観ですか?



葛藤の根源は、何かを基準にしている二極化的心です。

右が正しくて、左は正しくないと思っていることが、そもそも葛藤を生み出していることに気づかないのです。


私達が3次元地球的価値観を手放さない限り、心の葛藤は消えません。


正しさを主張することは、悪を主張することと同じです。

どちらも自分と異なるものを排除しようとするからです。

やっていることは同じなのです。


正義だからといって闇の人々を排除することは、正しい行為だと思いますか?

これは闇の人々が一般人を支配するのと同じではないですか?

闇の側から見れば支配することは正しいことです。


正義の側から見れば、闇が居るから世の中が良くならないと言っているのと同じ事です。

お互いが相対する対象を否定している限り、ずっと3次元のままです。

これから先もこうやって争って生きていけば良いと思います。



葛藤とは、自分の心の中が争っている状態です。

心の中の光と闇を和解させなければ、何時まで経っても心の中の争いが止むことはありません。

ではどうすれば葛藤が無くなるのでしょうか?

とても簡単なことです。

お互いが許し合えばいいだけです。

と、書いても分からないと思います。



長所は短所であり、短所は長所だと気づけは和解できるのではないですか?

自分の良い部分は、裏を返せば欠点でもあるのです。

これは妥協ではありません。

自分の心と向き合うことなのです。


積極的な性格の人は、自信過剰で相手を傷つけることがあります。

消極的な人は、謙虚で周りの人々の感情を重んじるかもしれません。

一長一短とはそういう事です。


これらすべてを認めるのです。

自分の嫌な部分を排除しようとしても、増々その嫌な部分が強調されるだけです。

排除ではなく手放すのです。

手放すとは、そういう嫌な自分を認めた上で、要らないものだけを削除すればいいのです。

削除といったのは、必要以上に自分を責めないことと、こういう性格も私なんだと認めた上で、必要ない性格を変化させるということです。


いつもイライラする人は、そのイライラする感情を削除してみて下さい。

排除するのではありません。

しっかりと自分の性格を認めることです。

認められたら削除は簡単です。

排除は見て見ぬふりをすることで、削除は要らなくなったら捨てることです。



すべての人が善であり悪でもあるのです。

自分の心を見つめてみれば判ります。

自己中の人、家族を蔑ろにしてやりたい放題の人もいると思います。

でも本当は誰も犠牲になんかなっていないのですが、そう思い込んでいる家族が居るのです。

これは積極的な人と消極的な人がいるのと同じです。



すべてはバランスなのです。

あなたは何かの基準に対して物事を考えていませんか?

この基準こそが葛藤の原因だと気づいて下さい。

基準がなくなれば全てを許せます。


価値観や常識に騙されないことです。



何とかなる!

何とかなる!

今までもそうだったように、これからもそうです。


今まで1週間もご飯が食べられなかったことはありますか?

なかったということは、何とかなっていたということです。


みんな深く考え過ぎで、今までちゃんと生きてきたのです。


幸不幸には関係なく、こうして生きているのですから何とかなっているのです。




とかくみんな比べたがります。

しかし、もっと自分の生き方に自信を持つことです。

他人の生き方を真似ても楽しくないはずです。

自分の生き方を生きてこそ楽しい人生といえるのではないでしょうか!



悩もうが、苦しもうが、案外何とかなるものです。

みんな起きもしない取り越し苦労ばかりして心配するから苦しいのです。

成るようにしか成らない人生は、成るように成っているということです。


ただ、今までのようにネガティブな思考のままでは、ネガティブな成り方しか生まれませんので、注意が必要です。


出来れば、今この瞬間を肯定して生きることです。

否定すれば否定的な現実が生まれるだけです。


どんなに貧乏であっても、成るように成りますから、「私には必要なお金が既に有る」と思うことです。

そう思うことで、自然と必要な分は揃います。


「お金が無くなったらどうしよう」と思っていると、そういう現実を引き寄せます。


成るように成るということは、何とかなるということです。

心配するよりも明るい未来を想像して下さい。


人生開き直りも大切です。


腹を括って開き直れば、怖いものもなくなります。


全ては宇宙の采配だと気づいて下さい。

より良い創造を心がけることです。


「笑う門には福来る」


楽しく生きたければ、まず笑うことです。


笑顔が幸運を引き寄せます。


評価や基準の中で生きない!

評価や基準の中で生きない!

とかく人は比較したがります。

あの人は偉い人などと良く言います。

学校でも偏差値で人の価値を決めつけます。

会社でも成績重視です。


出来る人と出来ない人がいつもいて、絶えず比較をしながら生きています。

スーパーに買物へ行っても比較してから買います。(笑)


勿論物には値段相応の装備(価値)が備わっていますから、比べることは必要かもしれませんが、物の基準は生産者が差別化して、低価格なものと高級なものを作り、ニーズに答えるという役割があります。



しかし、余りにも使いものにならない低価格商品を売ることは、資源の無駄遣いだと思います。

はじめからしっかりしたものを作り、それなりに良い物しか売らなければ、全ての人が満足した商品を手に入れられると思います。

しかし、初心者向け、中級者向け、上級者向けとランクを作り、商品展開をしますから、大抵一般人は低価格の初心者向けに意識が向きます。(下流・中流・上流向けという差別化)



結局、価値を決めているのは私達です。

人にしろ、物にしろ、全てをランク付けし、良いとか悪いとか言っているのです。


この価値観を手放さない限り、本当の幸せは訪れないでしょう。

上の下もなく、全ては宇宙の一部です。

差別意識を創り出している今の文化は、私達を混乱させ、分離させ、争わせるように仕組まれています。


ですから、もう比べることは止めるべきです。

いろんなものと比べて、一喜一憂していることに気づいて下さい。

全て必要だから存在していると思って下さい。

悪と呼ばれるものも、気づきを与えるための大切な要素です。


その事に気づけば比較することはしなくなります。

あなたの中にある評価や基準を取り払って下さい。


思い込み!

思い込み!

思い込みが激しい人ほど周りに翻弄されやすい。

宗教で神(誰か)を崇め奉っている人もそうですが、政治家を崇め奉り、会社を崇め奉り、先輩を崇め奉ります。


みんな偏った思考を持っていて、それが正しいとか、素晴らしいとか言って絶賛します。


私のブログを褒め称える人がいますが、私は褒めてもらえるようなことはしていませんし、そんな立派な人間ではありません。

普通に生きているだけです。

ブログには道理・原理・真理を連ねているだけで、私が偉いわけではなく、真理が素晴らしいだけです。


みんな勘違いして思い込んで、誰かを崇め奉ります。


霊能者やヒーラーさんを褒め称えたり、あの人は素晴らしい方ですとみんなに言い振らしますが、見えない罠にハマっている可能性があります。


「ぞっこん!」という言葉がありますが、心を奪われてしまうと判断力が鈍ります。

私のブログもそうですが、第三者的に読んで下さい。

しっかりと自分で考え、自分にとって必要な部分だけを吸収して下さい。


思い込みが激しくなると盲目になってしまします。

周りが見えなくなってしまいます。

宗教と同じです。

一般常識も同じです。

みんな常識は正しいことだと思い込んでいるのです。


自分の思いに惚れ込むことも、とても危険です。

いつもいつも第三者的に洞察するようにして下さい。


魂の目で自分の心を眺めるようにして下さい。

幸せに暮らしたいなら!

幸せに暮らしたいなら!

幸せに暮らしたいなら、今この瞬間を幸せに暮らすことです。

不平不満で心を満たしていると、不平不満がある未来を生きることになります。

嫌だ嫌だと言いながら生きていると、嫌なことばかり起きてしまいます。

私は病気だと思い込めば、ずっと病気の状態が続きます。


みんは嫌なことややりたくないこと、成りたくないことにばかり意識を向けているから、そういう人生が展開されるだけです。


否定的な感情、悲観的な感情、批判的な感情、虚偽心、心配・不安と、こういう感情を持ち続けることで、悲劇のヒロインを演じることになります。


みんな心の切り替えができないので、ズルズルとこのような悲しい人生を送り続けるのです。

この悲観的な人生から抜けだそうと思ったら、今の現実を否定しないことです。

今起きていることは過去の思考が創り出した現実であって、未来の現実ではありません。

今起きていることが延々と続く理由は、過去に囚われていることが原因です。

今起きていることは過去の原因の結果であって未来ではありません。

今この瞬間をすべて肯定して生きて下さい。

肯定すればカルマは完了します。

逆に言えば肯定するしか無いのです。

否定しているからカルマが延々と続くのです。

肯定して受け入れさえすれば、そこでカルマは完了します。

完了したら、もうそういう思考はしないことです。


今この瞬間をすべてに感謝して、愛の周波数で生きれば、自分の周りは愛だらけになります。

幸せになりたいのなら否定しないことです。

今この瞬間を肯定的に生き、尚且つ全てに感謝して生きることです。

そして今この瞬間を幸せに生きることです。


全ての原因は心です。

私達が周りの世界をどう受け止め、どう対処するかで世界は決まります。

受け取り方、考え方、捉え方次第で、幸せにも不幸にも成るのです。


相田みつをの言葉!


「 しあわせは いつもじぶんの こころがきめる 」
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