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鶴と亀を調べてみました!

亀甲紋

亀甲紋2

鶴紋

物部神社

家紋を調べるだけでも色々と分かってきますね。

亀甲紋(きっこうもん)は、浅井長政などの紋が有名らしい・・・
亀甲には、いろんな形があるようです。

鶴に関しては、蒲生氏、日野氏、藤原氏などが出てきますね。

戦国の武将の家紋に多く使われていることが判ります。

浅井氏といい、蒲生氏と言い、日野氏と言い、近江の国に沢山いることも判ります。

神社では鶴岡八幡宮など、鶴の付く神社には、鶴紋が使われているようです。



日本に残る歴史を振る変えると、何時の世も戦いの歴史ばかりです。

そしてその歴史を作り出しているのもが、「鶴」と「亀」だとしたら・・・

「かごめの唄」に出てくる「鶴と亀が滑った」とは、この戦国の世を作り出してきた人々が滑ることを意味していると考えると、新しい世は、「戦いの無い世」ではないでしょうか。


そして戦国の武将たちのルーツを考えると、「貴族」につながり「皇族」にもつながります。

これが歴史の真実だと思います。

元を辿れば、熊野と出雲と宇佐、そして物部氏と秦氏、蘇我氏・藤原氏・足利氏などなど、争いの世を作り上げた渡来人の歴史でもあるように思います。


谷村新司さんの本にも書いていましたが、大昔の大和民族(倭人)は、中国大陸から朝鮮半島、そして日本に居て、全体としての倭の国があったと書かれています。

そこにユダヤ系の失われた十使徒と呼ばれる人々が西から攻め入ってきたとすると、なぜか辻褄が合うように思います。

多くの神社にユダヤの名残があるのもそのためで、伊勢神宮には六芒星の書かれた灯籠が並んでいます。

籠神社にも六芒星があります。

京都の鞍馬山にも六芒星があります。


そしてこの家紋も、歴史を知る上で重要なヒントとなります。

出雲の熊野は、「亀甲紋」ですが、紀州の熊野は「烏紋」です。

でも鶴紋と烏紋のデザインは、鶴と烏の違いはあれど、良く似たデザインになっています。


結局、鶴と亀とは、烏と亀でもあり、鶴と烏でもあり、すべて失われた十使徒の一部の部族が日本に渡ってきたことが由来ではないでしょうか。

調和の時代であった縄文時代から、弥生時代に移行し飛鳥・奈良時代を経て、平安時代・南北朝時代、そして戦国時代へと移り変わる様子は、彼らが天皇の座を争い、元々の天皇を追いやり、偽物の天皇を作り出し、今の天皇の座を引き継いでいるとすれば、概ね察しはつくと思います。


有名な話で「神社はユダヤ神殿に似せて作られた」と言うものです。

山伏と言い、烏天狗と言い、天皇の着物と言い、すべてがユダヤに通じます。

天皇の服装と秦の始皇帝の服装がよく似ています。

頭にかぶる烏帽子は、烏を象ったものと言います。

また仏教の袈裟というものと、ユダヤの首からかける飾り物もよく似ています。


これからこれらの歴史がひっくり返るかも知れません。

「戦いの世」から「調和の世」へとシフトするのです。

だから鶴と亀が滑らないとひっくり返らないのかもしれませんね。
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