何か変るのかなぁ?

3月15日に向け、各国の要人たちが続々と日本に集まっているようです。

巷の噂では、経済崩壊並びに新世界秩序の相談だとか?

フリーメーソン会議も開かれるようです。

日本の天皇が肩から掛けている袈裟のようなものは、まさしくフリーメーソンですが、陛下もご出席されるのでしょうか。



最近マスコミも騒がしくなってますが、私的には楽しく拝見させていただいております。

政治家や官僚、企業や財団の癒着など、今に始まった話ではないので、こうして色々と突かれていることを思うと、そろそろ世代交代なんでしょうね。

次は誰がやるんでしょうか?



世界の茶番劇は、吉本新喜劇より分かり易くて面白いかも知れません。

しかし気になるのは人口災害なのですが、また何か企んでいるのでしょうか?

遅くとも2020年のオリンピックは波瀾万丈な気がします。

ある方によると、オリンピック以降日本経済が衰退していき、食料などの問題も出て来そうなことを言っている人が居ましたが、あながち嘘ではないような気もします。

オリンピックまであと3年程です。

さて何が起きるかは今後のお楽しみとして、色んなところで詰まりが発生してきていますね。

先日の町内会の会長の話もそうですが、古いシステムに歪みが生じ始めています。

政治や経済もそうです。

談合・癒着・賄賂・天下りなどなど、もうそろそろ限界かも知れませんね。

世の中がそう言うものを望まなくなると、要らないものが消滅していくしかありませんよね。

今起きている問題は、これから要らなくなるから淘汰されているものだと考えると、何となく納得がいくと思います。



私も今、要らないものを処分するようにしています。

これは物だけではありません。

人間関係も社会との繋がりも、自分にとって良い物だけを残していき、要らないものは切っていこうと思っています。

何故そう考えるのかですが、多分波長が違うからです。

合う波長と合わない波長があるので、そこを整理するのです。

合わない波長の中にいると、不協和音が発生して、気持ち悪くなります。

単純な事です。



良く二極化と言いますが、多分そう言うことなんだと思います。

自分の周波数を維持すると言うことは、そうじゃ無い周波数の物から離れることでもあると思います。

今までのように、不協和音の中で嫌な思いをしながら生きる生き方から、自分に合った周波数の中で生きる選択をすると言うことです。

世界が分かれていくというのは、そういうことだと思います。

不協和音の中で暮らしたい方は、そう言う選択も良いでしょう。

そして奴隷となって、嫌な思いをしながら、愚痴を言って暮らしていくのです。

今までと同じ生活ですね。


その正反対で、自分の思いを大切にして、自分らしく、自分の周波数の中で波長の合う人々と交流しながら、楽しく暮らして生き生き方!


あなたはどちらを選びたいですか?

震災後6年を振り返って!

【実録】日本人全員が内部被ばくしている!

ここに書かれている内容を見ると、どうも内部被曝回避が重要なことが分かります。

福島に住んでいても、汚染食品を食べなければ、内部被曝は少ないと言うことでしょう。

しかしこの国は 「食べて応援」 と称して、全国に放射能汚染食品をバラ撒いています。

今のお米の基準は100Bq/Kg以下です。

それもわずか数秒の検査のみです。

野菜やその他加工品については、明記義務もないので、どこで混入されているかは不明です。



実際内部被曝検査を通じて書かれていますが、ミネラルによって排出を促せるらしいので、玄米食に変えたり、ミネラルウォーターを飲んだり、天然の塩を使ったりすることで、数値は下がるようです。

しかし何も意識せずに、内部被爆し続けると最高で800Bq/Kgの人が居たそうです。

少し気にして、食品を選んで食べるだけでも、内部被曝は防げそうです。



<大震災6年>12万3168人 全国に避難 更に長期化も


次にこちらの記事を見てください。

岩手・宮城・福島の震災直接死と関連死の割合です。

    直接死            関連死

岩手:4673人           460人

宮城:9540人           922人

福島:1613人          2086人



どうして関連死が、福島だけ多いのでしょう?


仮設入居者数は、各県とも1.1万人前後です。

避難者数が、福島だけ多いのは、原発事故による避難指示区域の加減でしょう。

なので、避難しているから生活環境が悪い、というわけでもないような気がします。

それなのに福島だけが他県の2倍以上になっています。

多くの方が福島から離れ、他県で生活している事を考えると、籍は福島でも住民票は移しているはずなので、避難数と死亡率には関係ない気がします。


直接死については、宮城の1/5しか、福島では死んでいないことも分かります。

それなのに何故、関連死がこんなに多いのかです。

多分この数値には、原発関連の仕事で従事して亡くなった方の数は、入っていないと思います。

何故なら、ほとんどの人が、他県に住民票を置いている出稼ぎ労働者だからです。

勿論政府やマスコミからの報告も一切ありません。


あと気になるのは、行方不明者の数が、福島だけ非常に少ないです。

これは津波による被害が、他県より少なかったからなのかも知れません。

それにも関わらず、関連死が多いのです。


一応データだけ載せておきます。

後は各自で考えることだと思いますし、全て自由なので、私はこれ以上のことは言いません。

今のシステムに歪み!

3月18、19日は、新座セミナー&交流会です。

まだ少し余裕がありますので、お早めにお申し込みください。

特に土曜日はまだもう少し参加可能です。



最近色んなシステムが壊れ始めています。

社会的にも雇用については、既に崩壊しつつあります。

今生き残っている正社員は、中年層から上の方が多いように見られます。

青年層を見渡せば、派遣、アルバイトが中心かも知れませんね。


システムの歪みは、町内会にも出て来ていますよね。

会長をやる人が居ないとか、若い人が出て行ってしまうとかです。

よくよく考えると、みんな町内会は嫌々やっている人が多いですよね。

何でみんな嫌なのにやるんでしょうか?

一応法律上は規正もないので、入っても入らなくても良いとは思います。

ただ 「村八分」 にされたくないと言うだけで、嫌々やっているのでしょうか。

ご近所さんの互助やお付き合いは良いと思います。

でもはっきり言って町内会は有志で良いと思います。

入っても入らなくても生きるために支障が無いので、強いて嫌な町内会に入って、嫌な役を貰って、嫌なシステムを維持する意味がない気がします。

読みもしない回覧板を回したり、行きたくもない講演会・講習会に行かされたり、神社やお寺さんの寄付を集めたり、募金を募ったり、訳の分からない用事が多すぎます。

(寄付や募金は、町内会の組織を使うと法律違反になります)

ただボランティア活動的な溝掃除や川掃除などは、協力すべきだと思います。

逆に言えばその程度で十分だと思います。

読みもしない配り物や宴会・慰労会(飲み食い)に時間を割き、市からの補助金目当てや、その維持のために要らない行事を行ったりしています。

こう言う無駄遣いを止めて、本当に必要なことだけにすれば、みんなの負担(金銭的、肉体的)も、減らせるのではないかと思います。

街でアパート暮らしをしていると、町内会は皆無ですよね。

何も言ってこないし、隣に誰が住んでいるかも分からない状態です。

でも、震災などの災害時には、ある程度の連携は必要だと思うので、せめてご近所さんとのお付き合いはある方が良いかもしれません。

でもそれ以上の様々なことに関しては疑問を感じます。

しかし、中には騒音おばさんのような人もいますから、率先したお付き合いと言うより、気の合う方とのコミュニケーション程度で良いのではないかと思います。




お役所仕事という物があります。

今までからやってきたことを、時代が変っても同じやり方でやり続けることです。

時代相応に変えていくべきだと思うのです。

うちの町内会も、若い人が少なくなり、会長をやる人が居なくなってきています。

誰もが嫌な会長役は、みんなやっぱり嫌なんです。

なのでポイント制にして、町内会の貢献度が低い人に、半強制的にやらせようとしています。

要するに今まで仕事だとか言って、役職を断ってきた人優先に、会長職を持って行くというものです。

町内会は強制義務がありませんので、別に断っても良いとは思いますが、それを半強制にするのは如何なものかと思います。



若い人が出て行ってしまうのは、そう言う制度の見直しをしないからだと思います。

そうじゃ無くても安月給で大変な思いをして、みんな働いているのですから、町内会のことで仕事がおろそかになると、首になることだってあるでしょう。

土日勤務のサービス業の方に、強制的に会長役が回ってきたら、どうにもなりません。


世の中が変れば、それ相応に昔からのしきたりなども変えていかなければ、みんな楽しく暮らせないでしょう。


今日は町内会の話をしましたが、これは喩えとして上げただけで、会社の組織なども全く同じです。

昔と今は違います。

働き方も考え方も違います。

それなのにシステムは今までと同じじゃ、上手くいくわけがありません。

社会が変れば、それに準じたシステムも必要だと思います。



よく自給自足の村を立ち上げ、共同生活をして、結局失敗する人たちが沢山居ます。

大半の問題は、仕事量や考えの違い、組織化による歪みが原因だと思います。

新しいことをするに当たっても、今までと同じような組織を目指すと、多分壊れてしまうのでしょう。

共生と言っていながら、仕事は強制になっていたり、みんなで作ろうと言っていながら、いつもリーダー的存在が口を出していたりで、これだったら、今までの口うるさい長老的存在が指図して、嫌々動いている町内会と同じではないでしょうか。


有志というのは基本で、人が人を縛っては、何事も上手くいかない気がします。

だからそこに精神性というものが必要で、お互いを思いやる心と慈愛によって、みんなが共生できるような、そう言う社会にならないと、難しいのかも知れませんね。

そして必要なものと、必要でないものの仕分けもしていかないと、お金の無駄遣い、労力の無駄使いになってしまいます。

新しい時代は、強制や束縛ではない時代にならないと駄目な気がします。

殺人と圧力とお金で、一件落着!

維新の松井、総理の安倍共々、上手くトカゲの尻尾を切り落としましたね。

籠池氏に、全てなすりつけて一件落着!

命と引き替えに、圧力とお金で脅してケリを付けたのでしょうね。

流石です。

財務省も、売った土地の買い取りで、無かったことにするようです。

まあ、籠池氏もそれなりの罪の引き受け料を貰って、ホクホクなんじゃないでしょうか!

無かったことにするのだから、立件はなさそうだし、マスコミも料亭で丸め込まれたでしょうから、今後は尻すぼみ報道で終了でしょう。

天晴れとしか言えません!(笑)

食物とエネルギー!

厚生省は、一日30品目とか、栄養バランスなどと言っています。

色々と数値化して、1日当りの摂取量も書かれています。

例えば、1日に野菜350g必要とか言うものです。

そして一日に必要なカロリーも書かれています。

もし厚生省が言うことを守っていたら、多分肥満だらけで、成人病だらけの社会になってしまうでしょう。


そうかと言えば、1日1食だったり、不食の人も居ます。

厚生省の言うカロリーだとか、必要摂取量がもし正しいのであれば、1日1食や不食で生きている人の説明が付きませんよね。



最近畑をやり始めて思うことは、野菜の栄養素ではなく、野菜が持っているエネルギーが、食べる人間の生命に大きく関わっていると思っています。

スーパーの見栄えの良い野菜より家で穫れた野菜を食べている方が、身体の調子が良いのです。

昨年の春辺りから、自分で作った野菜を食べるようになりました。

その結果かどうか分かりませんが、明らかに健康になった気がします。

口内炎も出来にくくなりましたし、鼻炎も出なくなりました。

あと変ったことは基礎体温が上昇したことです。

重労働で筋力が付いただけではないように思います。


筋力だけを言えば、若い頃に仕事をしていたときの方がありました。

でも低体温に悩まされ、風邪を引いたり、鼻炎も頻繁に出ましたから、説明が付かないのです。


自然の恵みという言い方を良くしますが、野菜も同じで、自然の恵みを頂いて育ちます。

慣行農業では、化学肥料と農薬で育てますから、自然環境はあまり重視しません。

逆に、植える土さえあれば何でも育ちます。

その土の状態は関係ありません。

しかし、有機農法や自然農法は、土の状態で生育も変りますし、味も変ります。

多分それだけではなく、それに+自然の恵みが加わるんだと思います。

自然の恵みとは、目に見えないもの、数値で表せないもの、です。

同じ格好をした野菜でも、生命力のある野菜とそうで無い野菜と考えれば、何となく分かると思います。

自分で作った野菜は、冷蔵庫の中で腐りません。

腐らないというか、持ちが長いというか、いつまでも鮮度が良いように思います。

でも化学肥料と農薬で作った野菜は、冷蔵庫の中で良く腐ります。

キュウリがネトネトになっていたり、ニンジンがネトネトで黒くなっていたり、レタスやキャベツがドロドロに溶けていたりします。

でも自分で作った野菜は、あまりドロドロに溶けることも無いです。


これを一言で生命力の違いというか、野菜の持つエネルギーの違いと言えば、何となく頷ける気がします。

私たちは、野菜の栄養素を食べているのではなく、命(エネルギー)を頂いていると考えると、先ほどの1日1食や不食も、何となく説明が付くのではないでしょうか。

「いただきます」 は、「命をいただきます」 だと聞いたことはないですか?


命=その野菜が持つ生命力=エネルギー 

私たちは栄養素を貰っているのではなく、エネルギーを貰って生きていると考えれば、エネルギーの少ない化学肥料や農薬まみれの野菜より、有機で育てた、自然に近い野菜の方が、エネルギー量は多いのではないかと思います。

だから今まで病気とまでは行かなくても、体調が優れないという人は、食物本来のエネルギーを摂取していないのかも知れませんよね。

それ以上に農薬や化学肥料による毒素を食べていると考えると、怖い気がします。

化学肥料も多すぎなければ良いのでしょうが、ほとんどの野菜(スーパーの野菜)は、窒素過多で硝酸態窒素が大量に含まれています。

ですから特に葉物野菜は苦くて、直ぐに腐ってしまうのでしょう。

濃い緑色の野菜ほど、硝酸態窒素が多く含まれています。

硝酸態窒素は、身体の中でより多くの活性酸素を発生させたり、結石などの老廃物を作り出すと言われています。

健康な野菜は、葉の色が濃くないです。

有機でも、必要以上に肥料を入れずに育てると、葉の色は黄緑色をしています。

それでもちゃんと育ちます。

確かに成長はゆっくりかも知れませんが、その分自然のエネルギーも一緒に取り込みます。

これが命であり、生命力というエネルギーなんだと思います。


人間もこの生命エネルギーが尽きると、例え点滴や流動食で栄養素を補っても、死んでしまいます。

でも生命エネルギーがある間は、例え意識不明であっても生き続けます。


これは不思議なことでも何でも無くて、多分当たり前のことだと思います。

野菜だけでなく、雑草の生命力はもっと凄いと思います。

もし食糧難になったら、タンポポやオオバコ、土筆やワラビ、ゼンマイ、アケビなど、自然に生えている植物で、十分生きていける気がします。

私たちは食物の栄養素を頂いているのではなく、エネルギーを頂いているんだと思うからです。







小屋暮らし、田舎暮らし!

最近九十九里で若者が小屋暮らしを始めたとか・・・!



脱サラのヒントになるかも知れませんよ!


こう言う若者たちって、今の世の中に疑問を感じ動き始めたのでしょうね。

これからの生き方!

毎日記事を書くのは大変なんですが、何か一つでも参考になればと思って書いています。

ただそれも私が思っていることであり、全ての人に当てはまることでもありませんので、記事を読んでどう考え、どう行動しようと、全て自由なので、私に文句を言われてもどうにもなりませんので、始めにお断りしておきます。


真理を説いているのですが、この世界は物質世界であり、経済社会であり、これら全てを無視して生きるには、それこそ仏陀のように、野宿して生きなければならなくなってしまいます。


全ては幻で囚われるなと言っても、生活に関わることに拘らずに生きることは難しいでしょう。

学校もあれば、会社もありますし、地域社会もあります。

しかしそう言うものがある中でも、心穏やかに生きることは可能でしょう。

精神性を求める余に、物質社会を無視して生きるのなら、一掃のこと山へこもるしかないでしょうね。

これでは本末転倒になってしまいます。

心を磨くのであれば、そう言う関わりも大事かも知れません。

でもあまりにも関わりすぎて苦しくなっているのが、現在なのではないでしょうか。



これからの生き方として、様々な課題があります。

これから先、日本は人口が減ってくるでしょう。

これは子供の数が少ないので、当然というか、当り前に減ってきます。

あと30年もすれば、団塊世代の方も80歳を超えてきますので、これからは減る一方でしょう。

今の人口に見合う生活があるとすれば、人口が2/3に減った生活もあります。

が、この過渡期に色んな問題が発生して来るのは、考えなくても分かるはずです。



若い人が多くて、お年寄りが少ない間は、年金や健康保険も機能しますが、それが逆転するとどうなるかは、言わなくても分かるはずです。


そして人口が減ると言うことは、必要な物も減ると言うことです。

それと今の大人と子供たちの価値観も変ってきています。

私たちの必要は、今の子供たちの必要とは違ってくるはずです。

車に乗らない人が増えてきたり、働き方も変化しています。

永年就職の時代は既に崩壊しています。

そして派遣とアルバイトが社会の中枢を担うようになり、稼ぎ頭のほとんどがアルバイトで構成され、低所得世帯が広がりつつあります。

そして物が売れない時代がこれからも続くでしょう。

お金がないのですから買えないのです。

そして税金も減り、社会保障も減るでしょう。


もう既に介護はパンク状態です。

これから団塊世代が介護を受けるようになると、介護制度も多分崩壊するでしょう。

税収がない、社会保障が受けられない、収入が減る、貧困が進む、、、!

全く明るい未来なんて見い出せないでしょう。


これからは何を基準に生きていけば良いのか?

もう物質的幸せを維持することは、難しいかも知れません。

それよりも健康で人生を全うし、楽しく生きるような生き方の方が、これからの生き方になると思います。

物に頼らない、国に頼らない(頼れなくなる)、物質に最大の信仰を持たない生き方です。

心の幸せを重視して、本当の生き方にシフトしていくのが良いのではないでしょうか。

本当の生き方とは、物に執着しない生き方!

心の幸せを重視する生き方!

執着を捨てる生き方!

必要と不必要に気付けば、今がどれほど物質が溢れているかが分かると思います。

物質だけではありません。

見栄や体裁、秩序という鎖や常識に振り回され、心身共に狂い始めている世の中ですから、ここで一度冷静になる必要があるのではないかと思います。

それには価値観を変え、生きること自体、もっと真剣に考える必要があります。

何が幸せで、何が幸せでないのかです。

そして不幸にしている要因を知ることも大事です。

幸せに思えない生き方は、多分何処かで無理をしているんだと思います。

「何かが違う?」 と疑問を持って、軌道修正をしてみては如何でしょう。


先ほども書いたように、これからは国に頼る生き方というのは、多分難しくなると思います。

それならそれを見越して、これから先に困らないような生き方にシフトしておいた方が、良いのではないでしょうか。



言うのは簡単です。

でも実行は難しいと思います。

しかし今のまま惰性で生きていたら、多分何処かで身動きが取れなくなるかも知れませんよね。

経済面だけでなく、精神面も、肉体面も、全てに於いて幸せとは限らないと思うからです。

人の幸せって、健康で精神的に幸せであれば、物質を重視するようなことはないかも知れませんね。

それなりに、適度に物質(お金も含めて)があれば、そう困ることは無いと思います。

どんなに物を持とうと、所詮地球からの借り物に過ぎません。

死んだら全て無くなります。

本当に大事なことは何なのかを、今から考えてみてください。


情報社会の中で!

特にネット社会は、様々な情報が錯綜しています。

どれが正しくて、どれが間違っているかも、正直素人には全く分からないでしょう。

どちらが正しいかは、本人が正しいと思った方になると思います。

特に放射能問題などがそうです。

色んなことが言われていますので、何が正しいのやら???です。



多分結果が出ないと結論は出ないと思います。

そしてどう言う訳か全ての人に症状が出ないのも、判断が難しいところでしょう。

症状が出ない要因は、やはり免疫力の差なのかも知れません。

これが低線量被曝の曖昧なところなのでしょうね。



他にも色んな情報が流れていますが、自分が信じる情報が真実になると思います。

これは当たり前のことなんですが、それしか言い様がないのも事実です。

人は自分が信じていることにのみ、正しいと判断しますので、他人が何と言おうと自分の信念が基本になります。



ですから全てが正しいわけで、どれも間違っていないと思います。

人それぞれの信念に基づいた正しさがあるだけです。

私はそう言う信念こそ一度白紙にして、もう少し別の角度から見直すことも、また新たな発見に繋がると思います。

宇宙真理もそうですが、その人の知識や理解力によって捉え方も変ります。

だから真理なんだと思います。


浅い人と深い人では、同じ内容でも全く違い解釈になることもあるのですから、言葉という手段を用いると、その人の信念に基づいた解釈しか出来ないのも事実だからです。


色んな情報をどう解釈するかは、各自の自由です。

ですから放射能は大丈夫と思う人も居れば、危険という人も居ます。

しかし今まで多くの科学者が放射能に携わり、一応世界基準である年間1mSVと言う基準を作りました。

それに基づいて、放射能管理区域などを設定しています。


先日母の付き添いで、病院の放射線科の廊下まで行って、ガイガーカウンターで測ってみました。

勿論病院のレントゲン室は、放射線管理区域です。

放射線科の医師の立ち会いの下でしか立ち入りを許されません。

で、測った結果は、平均毎時0.20μSVでした。

これは廊下での話です。

中へは入っていません。


年間1mSVと言う基準から計算すると、

0.20μSV×24時間×365日=1752μSVで、1.752mSVになり年間1mSVを越えます。

レントゲン撮影に妊婦などの規定があるのはこのためでしょう。

レントゲン1回の照射で何SVあるのかは分かりませんが、良くないから基準を設けているんだと思います。


これは病院の話です。


ではフクシマの放射能基準はどうでしょうか?(日本の基準)

年間20mSVにしたようです。


これは正しいとか間違いとかではなく、結果を見ないと誰も答えが出せないと思います。

今フクシマノ事故から6年が過ぎようとしています。

11日で7年目に突入します。

多分今後10年20年経ってくると、その答えが分かってくると言うレベルでしょう。

それまでは、 「信じるか信じないかは、あなた次第です」 と言うことになります。

まるで都市伝説ですね!


流れが変ってきた!

安倍内閣ピンチでどうも流れが変ってきたようですね!

政治だけでなく、私たちの生活も変ってきたように思います。

楽しく生きる人と苦しく生きる人!

定年退職した後、楽しく生きている人も居れば、まだまだ苦しく文句を言いながら生きている人が居るように思います。

定年退職した人だけではなく、若い人たちの中にも、周りに拘らず楽しく生きている人が居ると思います。

お金の量ではない何かを見つけた人たちが、全く今までと違った生き方を選択し、楽しく生きているのではないでしょうか。

普通に仕事をしている人も、自分の居場所をしっかりと見つけている人が居ます。

世の中が真っ二つに分かれてきたような気がします。


その大きな要因は、拘らない人が増えたことかも知れませんね。

UターンやIターンと言われる、都会から田舎に移り住んだ人たちや、全く別の移住場所を見つけのんびり暮らしている人も居ます。

仕事人間だった人が、仕事しない人間になった人も居るでしょう。

のんびりと畑を耕し、自給自足を楽しんでいる人も居るでしょう。


最近、軽キャンパーなるものが流行っていて、定年後ご夫婦で軽自動車のキャンピングカーで全国を旅している人も居たりします。

アメリカで言うところの、「バックパッカー」のように、一人旅やソロキャンプを楽しむ人も居てます。

今までの仕事一筋の生き方から、仕事は二の次で、人間らしさを求めて生きる生き方が、流行ってきたのかも知れませんね!


女子のソロキャンパーも最近増えているそうですよ!

自然とふれあうことは、人間として当たり前のことで、その忘れていた当たり前のことに気付き始めたのかも知れませんね。

私も自然とふれあうことが大好きなので、その気持ちが分かります。

自然に触れると体中癒やされるんですよ!

疲れないというか、リフレッシュできるというか、心が爽快になるというか!

みんなそう言う心は持っていると思います。

大自然の絶景をただ眺めているだけで、優しくなれるんでしょうね。

本当の癒やしって、そういうことなんだと思います。


私もしばらく都会暮らしをしておりましたが、夜空を眺めても星が見えないんです。

ビルとビルとの合間から見えるはずの星がないんです。

そもそも明るすぎるんです。

そして360度見渡すこと自体不可能なので、悲しくなります。

でもその点田舎は良いですよ!

ちょっと田んぼも真ん中まで来れば、見渡す限りの星空が広がります。

360度の大パノラマです。

そういうところに住んでいると、都会の暮らしはおかしく感じます。

狂っていると思います。

土もないアスファルトに覆われた、死んだ街に思えてきます。


みんな心の奥底には、自然と共に生きる心が潜んでいると思います。

気付かないふりをしているだけで、本当は大自然が恋しいはずです。

だからわざわざお金を掛けて、秘境の温泉や山へ登ったり、ロープウェイで雄大な自然を満喫しくくるのでしょう。

本来当たり前にあるものを、心は知っているんでしょうね。

IMGP7208-0.jpg




4月8日(土) 名古屋スピリチュアル交流会

名古屋の日程が決まりました。

4月8日(土) 名古屋スピリチュアル交流会 (東スポーツセンター第3会議室)13:00~21:00


新座スピリチュアル交流会もまだ参加可能です。

3月18日(土) 新座スピリチュアルセミナー&交流会 (野火止公民館 2階美術室)13:00~21:00

3月19日(日) 新座スピリチュアルセミナー&交流会 (野火止公民館 2階和室)13:00~21:00 



奈良スピリチュアル交流会

3月26日(日) 奈良スピリチュアル勉強会&交流会 (コミュニティーハウス良空にて)13:15~ 18:00



セミナーのご案内をご覧ください!
プロフィール

megumin2012

Author:megumin2012
FC2ブログへようこそ!

カレンダー
02 | 2017/03 | 04
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
カウンター
現在の閲覧者数:
最新記事
カテゴリ
リンク
検索フォーム



月別アーカイブ
ブロとも一覧

旧ブログ跡地:黄金の金玉を知らないか?
RSSリンクの表示
QRコード
QR