レプティリアンとドラコニアン

世界中に残された遺跡からも、これらの存在を知ることが出来ます。

レプティリアンと言うのは、いわゆる爬虫類人ですが、例えばマヤのピラミッドにも蛇を象ったと思われるものが、拝殿に上がる階段の両脇にあります。

Wikipedia より・・・・・・
マヤの最高神ククルカン(羽毛のあるヘビの姿の神。ケツァルコアトルのマヤ語名)を祀るピラミッド。基底55.3メートル四方、高さ24メートル(頂上の神殿部分は6メートル)。通称の「カスティーヨ」はスペイン語で城塞の意。「ククルカンのピラミッド」、「ククルカンの神殿」とも呼ばれる。
大きな9段の階層からなり、4面に各91段の急な階段が配されていて、最上段には真四角な神殿がある。ピラミッドの階段は、4面の91段を合計すると364段で、最上段の神殿の1段を足すと、丁度365段である。また1面の階層9段は階段で分断されているので合計18段となり、これらはマヤ暦の1年(18ヶ月365日)を表す。このことから「暦のピラミッド」とも呼ばれる。北面の階段の最下段にククルカンの頭部の彫刻があり、春分の日・秋分の日に太陽が沈む時、ピラミッドは真西から照らされ階段の西側にククルカンの胴体(蛇が身をくねらせた姿)が現れ、ククルカンの降臨と呼ばれている。
カスティーヨ内部には初期のトルテカ=マヤ方式のピラミッドが内蔵されており、この神殿にはジャガーをかたどった玉座や生贄の心臓を太陽へ捧げたチャクモール像が置かれている。しかしこの像の目にはめこまれた翡翠は中国製である事が判明しており古代史の謎となっている。


このククルカンは、蛇の象徴であり、計算された彼らの頭脳が宇宙人的であることがよく分かります。

世界中の遺跡などにも多くの蛇や龍たちが出て来ます。


では日本はどうでしょう。

まず蛇の象徴として、出雲大社・大神神社・諏訪大社があります。

そして弁財天です。

日本の三大弁財天と呼ばれる、天川・竹生島・江ノ島があります。

蛇だけでなくドラコニアンの龍神伝説も沢山残されていますよね。

Wikipedia より・・・・・・
夜叉ヶ池の伝説[編集]
817年(弘仁8年)、この年の美濃国平野庄(現岐阜県安八郡神戸町)は大かんばつに見舞われ、あらゆる作物は枯れる寸前であった。ある日、郡司の安八太夫安次は、草むらの中に小さな蛇を見つけ、ため息まじりで、「もしそなたが雨を降らせるのなら、私の大切な娘を与えよう。」と語った。
するとその夜、安次の夢枕に昼間の小蛇が現れ、「私は揖斐川上流に住む龍神だ。その願いをかなえよう。」と語った。すると、たちまちのうちに雨雲がかかって大雨が降り、作物は生き返り村は救われた。
翌日、約束どおり娘をもらう為、小蛇( = 龍神)は若者の姿に変えて安次の前に現れた。安次には3人の娘がいたのだが、安次が娘たちに事情を話すと、一番心がやさしい次女(三女の説もある)が、「村人を救っていただいたからには、喜んでいきます。」と答えた。驚いた安次は、「何か必要な物はないのか。」と問うと、娘は、「今、織りかけの麻布がありますから、これを嫁入り道具にいたします。」と答えた。
こうして娘は龍神の元へ嫁ぐことになり、麻布で身をまとい、若者( = 龍神)と共に揖斐川の上流へ向かっていった。
数日後、心配した安次は、娘に会う為に揖斐川上流へ向かった。やがて、揖斐川上流のさらに山奥の池に龍神が住むという話を聞き、その池にたどり着いた。安次は池に向かい、「我が娘よ、今一度父に姿を見せておくれ。」と叫んだ。すると、静かだった池の水面が波立ち、巨大な龍が現れた。龍は、「父上、これがあなたの娘の姿です。もうこの姿になったには人の前に現れる事はできません。」と告げ、池の中に消えていった。

池の畔にある奥宮夜叉龍神社
安次は龍となった娘を祀る為に、池のほとりと自宅に、龍神を祀る祠を建てた。
この娘の名を“夜叉”といい、池の名を娘の名より“夜叉ヶ池”と名づけたという(娘の名は不明で、後から池の名から“夜叉”とおくられたとの説もある)。
安八太夫安次の子孫は現在も岐阜県安八郡神戸町に健在であり、今は石原姓を名乗っている。岐阜県安八郡神戸町大字安次にある自宅には、安八太夫安次と夜叉を祭る夜叉堂がある。夜叉堂参拝する際、個人宅の為、事前に連絡し予約が必要である。
また、夜叉姫は、夜叉龍神社にて夜叉龍神という名で祀られている。




ヤマタノオロチとスサノオもそうですよね。

古事記・・・・
高天原を追放された須佐之男命(スサノオノミコト)は、出雲国の肥河(島根県斐伊川[1])の上流の鳥髪(現・奥出雲町鳥上)に降り立った。箸が流れてきた川を上ると、美しい娘を間に老夫婦が泣いていた。その夫婦は大山津見神の子の足名椎命と手名椎命であり、娘は櫛名田比売(くしなだひめ)といった。
夫婦の娘は8人いたが、年に一度、高志から八俣遠呂智という8つの頭と8本の尾を持った巨大な怪物がやって来て娘を食べてしまう[1]。今年も八俣遠呂智の来る時期が近付いたため,最後に残った末娘の櫛名田比売も食べられてしまうと泣いていた[1]。
須佐之男命は、櫛名田比売との結婚を条件に、八俣遠呂智退治を請け負った。まず、須佐之男命は櫛名田比売を櫛に変えてしまい、自分の髪に挿した。そして、足名椎命と手名椎命に、7回絞った強い酒(八塩折之酒)を醸し、8つの門を作り、それぞれに酒を満たした酒桶を置くようにいった。準備をして待っていると八俣遠呂智がやって来て、8つの頭をそれぞれの酒桶に突っ込んで酒を飲み出した。八俣遠呂智が酔って寝てしまうと、須佐之男命は十拳剣で切り刻んだ[2]。このとき,尾を切ると剣の刃が欠け,尾の中から大刀が出てきた。そしてこの大刀を天照御大神に献上した。これが「草那芸之大刀(くさなぎのたち)」である[4]。
八俣遠呂智を退治した須佐之男命は、櫛に変えた櫛名田比売を元の姿に戻し、彼女と暮らす場所を求めて出雲の根之堅洲国(現;島根県安来市[5])の須賀の地[6]へ行き、そこで「夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁 [7]」(八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を)と詠んだ。




大神神社のご祭神である大物主もそうです。

Wikipedia より・・・・・・
大物主は蛇神であり水神または雷神としての性格を持ち、稲作豊穣、疫病除け、酒造り(醸造)などの神として篤い信仰を集めている。また国の守護神である一方で、祟りなす強力な神ともされている。なお、大国主の分霊であるため大黒天として祀られることも多い。
明治初年の廃仏毀釈の際、旧来の本尊に替わって大物主を祭神とした例が多い。一例として、香川県仲多度郡琴平町の金刀比羅宮は、近世まで神仏習合の寺社であり祭神について大物主、素戔嗚、金山彦と諸説あったが、明治の神仏分離に際して金毘羅三輪一体との言葉が残る大物主を正式な祭神とされた。明治の諸改革は王政復古をポリシーに掲げていたので、中世、近世のご本尊は古代の神社登録資料にも沿う形で行われたので必ずしも出雲神への変更が的外れでなかった場合が多い。
伝承[編集]
大国主神と大物主神[編集]
『古事記』によれば、大国主神とともに国造りを行っていた少彦名神が常世の国へ去り、大国主神がこれからどうやってこの国を造って行けば良いのかと思い悩んでいた時に、海の向こうから光り輝く神様が現れて、大和国の三輪山に自分を祭るよう希望した。大国主神が「どなたですか?」と聞くと「我は汝の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)なり」と答えたという。『日本書紀』の一書では大国主神の別名としており、大神神社の由緒では、大国主神が自らの和魂を大物主神として祀ったとある。


こうして日本にも沢山の蛇や龍の物語などが残されています。

大物主は蛇のバケモノであったという記載もあるくらいで、この爬虫類人の神々は、爬虫類系宇宙人であると思われます。

ここでヤマタノオロチをスサノオが退治したという物語がありますが、スサノオは天照の弟です。

ここで日本の古代の神々との関わりも垣間見えます。

爬虫類系宇宙人達がこの地球に降りてきて何を行ったのか?

この辺りのところも追々お話していきたいと思います。

今日はこれくらいにします。
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