苦について

苦について

人は悩み苦しみ生きています。
どうして人には苦しみが付きまとうのでしょう。
今のご時勢、苦しみの中で最も多いのは、人間関係ではないでしょうか。友人関係、会社の上司、部下、同僚、家族の関係、夫婦間、嫁姑、親子、親戚、などなど・・・

どうしてこんなにも悩み事が多いのでしょう。
今一度考えて見ましょう。

日頃私達は、思考と言うものを頼りに生きています。
思考とは科学的に説明すると、過去のデーターを下に、脳の様々な引き出しからデーターを取り出し、ありとあらゆる分析をして、もっとも最適なものを選び出し前頭葉で決定を下しています。
これが思考のメカニズムです。
ですから過去の経験は、その人その人の大切なデーターベースということになります。

しかし考えてみてください。
この過去のデーターとは、一人ひとり経験が違いますから、一人ひとり違うことに気づきませんか?

そうです。
私たちが判断している過去のデーターは、一人ひとりが勝手に解釈した、自分にだけ通用する間違ったデーターであることに気づきませんか?

「こう言われたときはこのように対処する」
「こういう態度をされたときは、嫌われている」
「きつく言われたときは、自分が気に入られていない」
「優しく言葉巧みに肯定されたときは、騙すためだ」

まだまだありますが、人はこのように今までの経験からすべてを判断しています。
ですから騙されたことの無い人は、言葉巧みに近寄ってくるとすぐに騙されてしまいますが、一度経験した方は、過去の騙されたデータを下に判断しますから、二度目は警戒するのです。

ところでこの思考と言うものは、私たちにとって本当に正しい決断をさせているのでしょうか?

もう一度考えてみてください。
幼い頃から親や学校の先生などから、色々な躾なり、世渡りなりを教わってきたと思います。
ことわざにも残っています。
「郷に入れば郷に従え」
「旅の恥はかき捨て」
「情は他人(ひと)のためならず」
「長いものには巻かれよ」
「石橋を叩いて渡れ」
「石の上にも3年」
こうして人は、先人の言葉を神様の言葉であるかのように、自分の価値観を作り上げていきます。
こうして出来たデーターベースは、ありとあらゆる間違った情報を、正しいものとしてインプットしてしまったのです。

そして今、あなた方が判断基準として使っているデーターベースは、この間違ったデーターベースではありませんか?

苦の原因は、ここにあることを認識しなければ、どんな対処や方策を講じても無駄だと言うことです。
判断基準が間違っているのですから、その基準をまず正さなければ、苦の原因は見つかりません。

何が正しくて何が間違っているのか?
たぶんこれは、本人にも分からないでしょう。
では、どうすればいいのでしょう。

私がいつもいつも言っているように、過去に囚われないことです。これは釈尊の「在るがまま」とか「中道」と言ったことと同じですが、今までの経験則に囚われると、正しい判断は出来ません。
人の心の中には、善悪の判断基準はすでにインプットされています。
しかし、それを上手に引き出すことが難しく、結局過去の経験で判断してしまうのです。

まず、囚われた自分自身を解放することが大切です。
今までの経験は経験として置いておいて、心の呵責を覚えるかどうかを基準にすることです。
何かを決断したときに、心に痛みを覚えるかどうかです。
心が喜んでいる決断は、たぶん正しい決断でしょう。
そしてその決断に愛があるかどうかを考えてみてください。愛を基準とした決断なら、それはたとえ苦渋の決断であっても正しいと言えるでしょう。
しかしそこに自尊心や自己満足が在れば、正しい決断とはいえないかもしれません。

例えば夫婦間では、あれもして欲しいとか、こうすることが当然だとか、他の夫婦はこうしているからうちも、などと、訳の分からないものがいっぱいあります。「夫婦喧嘩は犬の食わない」とはよく言ったもので、あそこのお宅はこうしているからなどと訳の分からない基準を設けて喧嘩をします。
そもそも夫婦とは、分かち合い助け合いお互いの欠点を補い合って、成長するものであって、喧嘩をするために一緒になったのではないはずです。
新婚当初は、お互いに相手を思い、いつも相手を気に掛け行動しますが、2年3年と日が経つにつれて、お互いの愛が欲に変わっていきます。
あれもして欲しいこれもして欲しい、新婚当初は言わなくても、お互いに自然と相手のためを思ってしてきたことが、いつの間にか自分のために変わっていきます。

夫婦間を例に挙げましたが、家族間でも同じことが言えます。今までお坊ちゃまお嬢様として大事に育てられた子供が、自分の欲望を抑えられず不平不満に支配され、挙句の果てには親を殺したりします。
また姑は、嫁のいたり無さを嘆き強くあたります。
しかし、そこに愛情が在ればよいのですが、息子を取られたという嫉妬心で嫁を毛嫌いすると、たちまち小さな溝が大きな大河になって挙句の果てには姑(嫁)を殺害することになったりします。

どうですか?
今まで読んできて、自分の欲望なり自我(思い込み)なりは、とんでもない判断を下していることに気づきませんか。
すべて愛に根ざしたものであれば、たとえ言葉が強くとも相手にちゃんと伝わるものです。
また自分だけで考えているのではなく、相手にぶつけることで、自分の間違いを正すことにもなります。
勝手に思い込んで、悩んで悩んで悩みぬいた挙句に自殺でもすれば、魂は浮かばれません。
悩みとは自分が勝手に思い込んでいることで、この勝手に思い込んでいるがために、いろいろなトラブルが起き、それが原因で苦が発生するのです。
すべての思い込みは自分勝手なものです。
ですからその思い込みを白紙にして、魂の基準で、愛を基準で物事を判断すれば、徐々に苦は無くなっていきます。

この自分勝手な思い込みを宿業(カルマ)とも言います。カルマは自分で浄化しない限り何度でも同じことが繰り返されます。
浄化すると言うことは、その思い込みを変えることです。
「私は身体が弱い」
と言う思い込みは、弱い身体創ります。
「私は身体が強い」
と言う思い込みは、強い身体を作ります。
これと同じことがすべてにおいて起きているのです。
あなたの勝手な思い込みが、貴方の周りの世界を作っているのです。このことに早く気づいてください。そして一日も早くその思い込みを捨てて、正しい判断をしてください。

今地球に起きている浄化とはこのことなのです。
今までの判断基準は間違っているのです。
ですから苦が生じるのです。
そして今あるカルマを昇華してください。
間違った思い込みを止めてください。
ゼロからスタートしてください。
そしてこれからは愛に根ざした正しい思いを具現化していくのです。

スポンサーサイト
プロフィール

megumin2012

Author:megumin2012
FC2ブログへようこそ!

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カウンター
現在の閲覧者数:
最新記事
カテゴリ
リンク
検索フォーム



月別アーカイブ
ブロとも一覧

旧ブログ跡地:黄金の金玉を知らないか?
RSSリンクの表示
QRコード
QR