釈尊のように・・・!

釈尊のように・・・!

この殺伐とした世の中に生きる私達には、悟りとは程遠い生き方を強制させられていることに気づかず、毎日をしなければならない中で、義務的に何かをこなしている人がほとんどです。

分単位、秒単位で仕事をすることが当たり前になり、生きることの本質を見失っています。


本当は、息をして、食事をして、眠るという基本的な生き方があれば、それに楽しみがプラスするような生き方をしていればいいと思います。

でも、殆どの人は比較や基準の中で生きているため、周りの人々と同じじゃないとダメだと思っています。


でも実際は、周りの人と考え方や行動が全く同じな人などいないのです。

100人いれば100通りの考え方や行動があって当然なのです。

なのにみんなと合わそうとするから苦しくなるのです。


他人の生き方は他人の生き方であり、自分の生き方ではないのですから、もっと自分を大切に生きてみてはどうでしょう。


釈尊は死ぬまで物乞いをしながら人々に法を説いて生きられました。

人が生きるということは、そういう事なのではないでしょうか。

物が私たちを幸せにしてくれるわけではなく、私達の考え方こそ大事であり、みんなと同じであることは、必ずしも幸せとは限らないのです。

神の僕(しもべ)として、神の道具として、誰かのお役に立つこと!

そう言っても自己を犠牲にするのではなく、自分を楽しく生きながら周りを幸せにする生き方こそ、本来の生き方ではないでしょうか。

自分が持っている長所を有効に活用する。

自分の特技を誰かのお役に立てることが、本来の仕事ではないでしょうか。

仕事と言うとイコールお金と言う考えは捨てることです。


自分が楽しくなおかつ誰かが喜んでくれれば、それは損得を抜きにした本来の仕事なのです。

私たちはこの世界でお役に立つことが愛であり、役割なのですから、すべてのことが愛の行為なのです。

ただそれを自分のために使うのか、誰かの為に使うのかだけですが、もちろん自分も楽しく生きなければ本来の愛の奉仕ではないのです。

犠牲を伴う愛などは偽善事業と同じです。

自分も喜び他人も喜ぶことです。


そういう生き方を見つけてみてください。
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