基準!

基準!

私たちは今まで、様々な知識を蓄えてきました。

この知識は物質的な社会性に基づいて確立され、余りにも長い間その知識こそ信頼できると思い込まされてきました。


しかし振り返ってみて下さい。

私たちが後世大事に育んできたこの知識こそ、余りにも矛盾が多く、時と場合によっては何の役にも立たない知識であることが分かります。

場所が変われば通用しない知識が余りにも多いとこや、伝統的価値観に基づく物も沢山存在します。


そして一番厄介なものが「基準」です。

何を対象としてこの基準が設けられているかが重要です。

ほとんどの場合、自分の価値観が基準となります。

自分が正しいと思うことは正しいが、正しくないと思う事は全て間違っているという基準です。

そしてもう一つの基準は自分より「上」か「下」かです。


そもそも上とか下とか言う基準は何処にあるのでしょう?

これらの思考形態は、私たちが幼稚園の頃から徐々に形成され、大学を出ることには全て自分が基準と成り、社会への適合性を重視します。


「みんなと同じでなければ、駄目な人間」として見なされ、一風変わっていたり、みんなと同じ行動が取れないと、仲間はずれにされてしまいます。


集団行動という集団催眠です。


これはとても怖いことで、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と言うことになり、例えそれが間違っていようと、みんながやることは正しいことと認識されてしまいます。


過去の3000年に於いて、この様な集団催眠を利用し、支配してきた人たちがいます。

彼らは何をするでもなく、人間と神を分離しただけなのです。

神は偉大な人で、人間は駄目な人と言う洗脳は、社会に二元性を招き、上・下、高い・低い、善・悪、という二元性を作り出したのです。


二元性と言うことは必ず基準があります。


全てがこの基準を満たしているかいないかです。




これから私たちがやらなければいけないことは、この基準を外すことです。


宇宙で起きる全ての事象は愛から生まれます。

と、こんなことを言っても良く分からないと思いますが、宇宙は光と闇で1対なのです。

創造と破壊は表裏一体なのです。

ですから全てにおいて愛なのです。


今私たちが善・悪と判断していることには、必ず基準があります。

そしてこの基準こそ、自分勝手な思い込みが創り出した幻だと言うことに気づいてください。

人が変われば基準も変わるのです。


犬が嫌いな人は、犬は大嫌いな存在でしかありません。

その人に犬の良さを説明したところで、多分理解は出来ないでしょう。


私たちはこれと同じようなことを社会生活の中でやっているのです。

「あれが良くてこれは駄目!」

この様な基準は、個人のエゴでしかありません。


今一度この「基準」について考えてみて下さい。


このどうでもよい基準を取り外すことが出来れば、全ての出来事を因果的に理解することが出来るようになります。
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