自分が自分を縛り付けている。

自分が自分を縛り付けている。

よく闇の勢力だとか、社会が悪いだとか、常識が間違っているだとか言います。

確かにそうかも知れませんが、その間違っている物に執着しているのは自分自身なのですから、一概に外にある物が悪いから、上手く行かないだとか、幸せになれないというのは自己責任を否定していることになってしまいます。

全てを他人のせいにして、こんな社会だから幸せになれなくて当然だと自己主張するのは間違っていると思います。


もし、こんな社会に見切りを付けて自分の人生を歩むことを選択していれば、もう少し早く幸せが訪れていたかも知れませんね。

何を持って幸せというかは、個人の思いによって変わるかも知れませんが、お金があることだけが幸せだとは、多分みんなが思っていないのではないかと思います。

みんな飼っている犬と遊んでいるときに、幸せを感じているのではないでしょうか?
子供たちの寝顔を見ているときに、幸せを感じてはいませんか?

心が温かくなるとき、私たちは本当の幸せを感じているのではないでしょうか?

結局、自分自身で周りの社会を意識しすぎて、それに合わすことによって自分と言うものを確立しようとしていただけではないでしょうか。
でも、そこには自分の居場所が無く、いつも何かに従っている自分が居るだけで、空しさや、寂しさがいつも付きまとっていたのではないでしょうか。

誰かに合わすことと、調和を取ることは違うと思います。調和とはバランスの取れた状態を言います。
しかし、誰かに合わすと言うことは、自分を捨てて誰かにしたがっているのではないかと思うのです。

どうしてそうなるのか?
「嫌われたくない」
「村八分にされたくない」
「良い子でいたい」
「良い人間に見られたい」
などなど・・・

結局自分可愛さに、誰かの言いなりになっている自分に気付いていないだけかも知れません。
自分が自分を縛り付けて、目に見えない鎖を沢山付けて、「動けない」「苦しい」「助けてくれ」と叫んでいるだけではないでしょうか。そうかと言ってみんなから(社会から)離れるのは大変だと思います。


確かにこの社会から外れると言うことは、大変な勇気がいります。
完全に開き直って
「成るように成るさ」
「運を天に任せよう」
「何があっても命まで取られることはないだろう」
くらいに思って、大海原へ船をこぎ出すくらいの勇気が必要かも知れません。

でも人間って何も無くなると、本来の勇気が湧いてくるものです。推奨するわけではありませんが、今の生活を振り返って、鎖を一つずつ外していく努力は必要かもしれませんね。

逆に何も無くなったとき、今までの鎖がボロボロと剥がれ落ちていきます。これは物質的なことだけではなく、精神的な重荷から解放されたときにも起こります。
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