意図したことと、意図しないこと

意図したことと、意図しないこと

私たちが生活する中で、すべてこの意図するかしないかが鍵となっています。

街を歩いているとき、私たちはすれ違う人々を意図することはありません。しかし、その中の誰かに意識を向けると、その人は自分の心の中に反映されます。

私たちが何かに意識を向けると言うことは、それらを自分自身が体験していることになるのです。逆に言えば、意識を向けていなければ体験することはありません。

とても分かり易い事例ですが、ニュースで誰かが交通事故にあったとします。しかし事故に遭った人が赤の他人なら、私たちはそれを体験することはありません。

では、自分の身内や家族でしたらどうでしょう?
真っ青な顔をして慌ててのその事故現場へ駆けつけているのではありませんか?

これは極端なお話しですが、日常の至る所にこの罠が仕掛けられているのです。
第三者でいられるか、それとも当事者になるかです。

仕事の中で、家族の中での些細な行き違いや口論など、私たちはとかくいろいろなところに首を突っ込み、「ああでも、こうでも、」と自分の意見を貫こうとしたりします。

もしこの時、中立の立場できっちりとその事象だけに意識を合わせることが出来れば、心が乱れることはないのではないでしょうか。

何に意識を合わすかで、自分の周りの世界が変わります。これは現実から逃げることではなく、自分の意識の中に持ち込まないと言うことです。

心に嫌な世界を持ち込まなければ、今までと同じ世界の中にいようとも、別の世界で生きることが出来ます。

ですから、世界が変わるのではなく自分の意図する部分が変わるのです。自分が何を意図し生きるかだけです。

あなたが意図したすべてが今という現実なのです。
同じ今でも、違うところへ意図すれば、別のあなたの現実を創ります。
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