在るがまま

在るがまま



釈尊はこの世の苦「病気・死・苦しみ・悲しみ」がどこから来ているのか?どうして人は苦しまなければいけないのか?
国王の息子として生まれながらも、民と交わり、民が苦しむ姿に心を痛めておりました。
そして妻や子供たち、そしてこの国の後継ぎとしての環境を捨ててまで、幸福とは何かと言うことを求め始めました。
勿論この時、お金や財産によって幸福感が得られないことは身をもって体験しております。
そしてあの地獄のような修行が始まるのです。
わが身を究極にまで追い込んで、死をも征服するかの如く毎日修行に明け暮れました。
しかし、益々心の安らぎから遠ざかり、それどころか悪魔のささやきすら聞こえるようになってきたのです。これは霊的覚醒が始まり4次元に繋がり始めたことが原因なのですが、今度はその魔を振り落とすことで必死になり、幸福どころではなくなってしまいます。

そんなある日、菩提樹の下で瞑想しているときに神々と繋がり始めたのです。
今で言うチャネリングです。
そして、霊界を垣間見た釈尊は、この世は幻影に過ぎないことを悟ります。
すべての発信元は自分自身であることに気づくのです。自分自身が悲しいと思えば、悲しくなります。
不幸だと思えば、益々不幸になります。
病気だと思えば、益々病気がひどくなります。
他人に関しても同じです。自分がいやな人だと思えば、どんなに素晴らしい人でもいやな人のままです。
人はいつも、自分の価値観の中で生活しているのです。そしてその価値観は、紛れも無く自分自身が作り上げた幻影です。
こんなつまらない価値観を、私達は毎日信じて過ごしているのです。そしてこの価値観こそ不幸の根源であることに気づいたのです。これがいわゆる「悟り」です。

このつまらない価値観をすべて捨てることから始めなくてはいけません。「禅」で言うところも邪心です。訳の分からない観念が次から次へと浮かんできます。
それらはすべて自分の価値観から来ている幻です。「魔」とも言われています。

そして釈尊は「中道」と言うことを解かれました。
物事の価値観を捨てることです。価値観とは自分が勝手に思い込んでいることです。他人には他人の価値観があります。ですから自分の価値観を主張すると争いが起きるのです。
すべての人が感ずることはすべて正しいのです。
これは他人を認めることです。
そして、自分はその価値観に囚われないことです。
すべての価値観を捨てて、物事を「無」の状態で見ると、真実が見えてきます。
「無」とは「空」のことです。
精神世界的に言いますと「宇宙意識」です。
物質(3次元)に囚われない意識です。

人はありとあらゆるものを、自分の判断基準に於いてのみ見つめ、考え、行動しているのです。
このことが分かれば、この判断基準をもっとレベルの高い判断基準とすりかえれば、神様と同じ判断ができるのです。
私達は身の回りのどうでもいいような価値観に拘り、真実を見落としているのです。
もっと宇宙視野で地球を眺めてみてはいかがでしょう。あなたの悩みなど無いに等しい代物であることに気づくはずです。

「空」とは「在るがまま」の姿です。
そこには偏った思考は存在しません。
すべてを受け入れ、すべては必然であること、そして自分の価値観こそ「魔」であること気づくことです。
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