宗教と常識

宗教と常識

先日葬儀を済ませて感じたことを書いてみます。

まず湯かんのときですが、どこからともなく声がして「地球人はおもしろいことをするね!」
「まるでショーだね!」
多分どこかの宇宙人からの声だと思うのですが・・・(爆)


某葬儀場でのお葬式です。
全国の相場もそう対して変わらないとは思うのですが、大体100万円そこそこは致します。
生前故人が残したお金がありましたので、何とか賄うことは出来ましたが、貧乏人でその日暮らしをしている人は、死ぬことすら出来ない状況です。(笑)

お金がなければ迂闊に死ねないこの世の中を、どう思われるでしょうか?
結局親戚に迷惑を掛けることになってしまいます。

また祭壇の横に置かれるお花と盛りかごも、見栄の対象と成ります。

お花は祭壇横に置かれますが、盛りかごは会場の脇に並べられます。
一般の方は、この違いがとても大事なようで、これこそが見栄や世間体と呼ばれる産物です。

葬儀とは故人にお別れし、生前良くして頂いた事に感謝をするお別れ会です。

本当に故人を偲びお見送りする人だけの集まりで十分ではないかと思います。

宗教による弊害も多々ありますが、ここでも何々しなければならないことの連発です。(笑)
儀式というとんでもない常識は、本筋を離れ一人歩きしてしまっています。

○○の位置はここで、何と何をこうして、ああして、すべてがお金というもので取引されます。

香典にも相場があり、親元はこれくらい!
従兄弟はこれくらいと、すべてがランク付けされており、お坊さんの衣までもが金額によって左右されます。

私の所の宗教では、中陰中は神棚を拝んではいけないことになっており、半紙をかぶせます。

そしてお宮さんには1年間入ることは出来ません。(笑)

なかなか楽しい?決まりがありまして、誰がこのようなしきたりを作ったのか知りませんが、宇宙人が聞いたら多分大笑いすることでしょう。

でも周りの人々は、故人を偲ぶことよりも見栄や体裁としきたりがすべてのようです。
長年培ってきた習慣という恐ろしい常識は、今も根強く残っています。

今後のアセンションにおいて、もっとも捨て切れない弊害が、宗教かもしれませんね。

社会常識という名の儀式もそろそろ見直さなければいけない段階に来ていると思います。
が、このことに気づくかどうかではなく、気づいていても変更できない。
周りの価値観が邪魔をして、一個人が何を訴えても、周りは今まで通り事を進めます。

これも仕方ないことではありますが、後しばらくと思って待っているしかありませんね。

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