外の世界は観賞するものであって、のめり込むとものでは無い!

最近外の世界が面白くなってきました。

外の世界にああだこうだ言っても、どうにかなる訳でもないので、適当にスルーしておくのが無難です。

多くの人は外の世界を鑑賞するのではなく、その中に入り込んで、外の住人たちと入り交じって色々やっています。

でも入り交じればそれだけ苦労も絶えなくなり、心の安まるときがありません。

入り込んでしまうと、目先のことしか分からなくなり、全体が見えなくなってしまいます。

そして自分のやっていることにすら、気付かなくなり泥沼にはまり込みます。


もうちょっと周りを観察し、第三者的に物事を見るように心がければ、罠にはまることもないでしょう。

冷静に周りがやっていることを見て、それを批判したり、荷担したりしないことです。

批判や荷担をすれば、どちらかに傾くことになります。

そうなった時点で、周りの人々と同じ状態に引きずり込まれます。

「右でもなく、左でもなく、冷静に唯々眺めること」

全ての人が自分の思いの中で生きているだけです。

それをジャッジした時点で、周りの人と同じです。

人は全てに於いて自分好みにジャッジして生きているのです。

こう言う生き方をしていると、カルマを量産してしまいます。


もし真理を理解しているのならば、周りの人たちのように流されないことです。

外に見えている世界は、まだ真理を知らない人たちが創ったドラマでしか在りません。

そのドラマは鑑賞するだけで十分です。

そのドラマの中の、主役や脇役になると、そのドラマの世界が現実化してしまいます。


愛と欲望と野望と怨念の世界です。(爆)

こんなドラマに参戦するのは止めましょう。

生きていく中で・・・!

これから先も色んな事が起きていくと思います。

今もきな臭いことがささやかれていますし、どうも戦争に駆り立てている勢力が、色々とやっているようです。


3日ほど前ですが、以前富士山の写真を本栖湖から撮って、あまりに綺麗だったので額に入れて飾っておりました。

そしたら額を掛けているプラスチックのフックが突然壊れ、額諸共落下しガラスが粉々に割れてしまいました。

これはもしやとちょっと気になっていたところに、コメントを頂き富士山云々と書いていてびっくりです。


自分の部屋にも幾つか写真を飾っているのですが、100均で買ってきたA4のガラスの額に、鳥たちの写真を沢山飾っています。

これらもプラスチックのフックだったので、ねじ釘に全て変更して掛け直しました。

生きている中で色んなメッセージを頂きます。

本当か嘘かはともかく、気になったときはそれなりに対処した方が良いこともあるので、完全スルーするのではなく、気になることは改善して万全に備えることも良いことだと思います。

有事もそうですが、日本は地震大国でも有り、火山大国でも有り、台風大国でもあるので、備えあれば憂い無しですね。

以前も少し書きましたが、最近サバイバルグッズ(キャンプ用品)によく目が行くようになりました。

何故か分かりませんが、ライフラインが止まったときに困らないようにと、何となくですが動いている気がします。

畑で野菜を作っているので、食べるものの心配は少ないですが、電気・水道・ガス等のインフラが止まるとたちまち困ります。

出来ることは限られますが、少しでも困らない工夫も大事かも知れませんね。

日頃から最小限の生活を心がけていると、いざというときにも役立ちますね。


気になることと言えば、今年は何らかの動きがあると思っています。

何がどう動くかは分かりませんが、何となくそんな気がします。


社会に馴染めない症候群!

私もそうですが、今の社会には馴染めません。

それどころか周りの人たちがやっていることが、滑稽に見えています。

何が滑稽なのかというと、「そこまで従順にならなくても良いのに」 と思います。

周りを気にして、自分の思い出生きていないことが、あまりにも滑稽過ぎます。

そして常識に囚われ過ぎていて、真実が見えていないとも思います。

究極は、無駄が多過ぎると思います。

無駄とは、やらなくても良いことを一生懸命やっているという意味です。


そもそも群れるのが嫌いな私にとって、社会というものは、他人に気を遣いながら、嫌われないように常識人でいて、価値観を共有しないと生きていけない世界でとても苦痛です。


人それぞれ価値観の違いがあって、進化の違いもあるのですから、縛る必要など無いのに、どうしてか色々と縛りたがるのです。

もっと自由で良いと思います。

後はお金(経済)という呪縛です。

これがどうにななると、みんなもっと自由になれると思うのですが、今の社会では世捨て人的生活をしないと、それは難しいと思います。

でも税金や光熱費がなかったら、そんなに多くのお金は必要ありません。

400万円前後の年収の人で、年金・社会保険・所得税・市県民税だけで5~7万円/月払っていて、それに+光熱費が2~3万円は掛かっていると思います。

平均8万円くらいのお金が、息をしているだけで必要なんです。

これに家賃や教育費、食費、その他諸々です。

家賃と教育費は多いと思います。

一番少ないのは食費だったりして・・・(笑)


人間の原点として、寝る場所と食べるものがあれば、生きていけなくはないので、そう考えると無駄なものが多過ぎると思います。

清流の傍で水の確保が出来、太陽光で1kwくらい使えて、夜間の照明もバッテリーでカバーして、畑や田んぼも少しやって、最小限の収入で楽しく暮らすことだって出来ると思います。

戦前の日本の暮らしって、そうだったと思います。

白熱電球一つで、生活はほぼ自給自足でした。

トイレやゴミなども、循環型社会でしたから、自分たちで処理していました。

今のようにビニールやプラスチックも少なかったので、十分生活できたと思います。


社会に馴染めないのなら、逆手を取って馴染まない生活も良いのではと思います。

今私が目論んでいるのは、オフ・グリッドです。

出来る限り今のシステムから離れて生きることです。


ライフラインも出来る限り断って、自給自足して、どうしても足りない分だけお世話になる程度に済ませたいですね。

食料もスーパーで買わなくても自給自足で出来るだけ賄いたいです。

何とか無農薬野菜の販売収入だけで生きて行ければと思っています。

馴染めないのなら馴染まないで良いと思います。

そう言う生き方も 「有り」 だと思うからです。


宇宙真理を学べば学ぶほど、社会のしがらみがうっとうしくなります。

勿論私の性格もありますが、今までこの性格でどれほど嫌な思いをしたか、馴染めないものは馴染めないのです。

真理は私を自由にしてくれました。

一番自由になったのは心です。

心が社会の呪縛から解き放たれた気がします。

本当に必要なことは、執着や拘りを捨て、真実に気付くことだと思うからです。

今までは 「右に習え」 をしていたので、苦しかったことに気付いたのです。

「別にみんなと同じじゃなくて良いんだ」

「みんなと同じじゃないことが、本当は普通なんだ」

そう気付いたのです。

だからもう真似をするのは止めました。

そして自分を着飾ることも止めました。

自分は自分で良いじゃないですか。

自分なんですから、それ以上もそれ以下もないのです。

それが自分なんです。


そう思うと心は解放されます。

今まで煩わしかったことも、どうでも良くなります。

他人に干渉しなくなりました。

そして自由になりました。

他人は他人、自分は自分で良いと思います。

真理はそう言ってます。


「他人を責める前に、自分を改めよ」と!

これは他人の所行を許すと言うより、自分がそれに干渉しないという意味だと思います。

他人の行いに、いちいち自分か意識を合わさないという意味です。

意識を合わさなければ、自分の中に入ってくることはなくなります。

これも真理です。

合わすから入るのです。

自ら嫌なことを引き寄せている状態です。

これを止めるだけで、随分楽になります。



このブログを読んでいる方も、社会に馴染めない症候群の方が沢山居ると思います。

それは馴染めない方が悪いのではなく、馴染まそうとする社会がおかしいのだと思います。

この習慣を止めないと、ずーっと苦しい生活をしないと駄目だと思います。

本当に心から幸せを得たいと思うなら、全てを赦し、全てを受け入れ、自分に素直になることでしょう。

但しここで言う受け入れるというのは、社会のシステムのことではなく、起きること全てです。

今起きていることは、過去の結果です。

これは蒔いている以上、刈り取らなければいけません。

しかしこれから蒔く種は、囚われない種を蒔けば良いと思います。

そうすると社会に囚われない生活が、未来に現れてきます。



言葉で言うのは簡単ですが、行動はとても難しいです。

しかし勇気を持って第一歩を踏み出すことが出来たら、今までの生活は一変し、心穏やかに第二の人生を歩めるかも知れません。

きっかけは何でもかまいませんが、やはり捨てる勇気が必要だと思います。

この勇気があれば、みんな自由に生きられると思います。

捨てる大きなきっかけとして、東日本大震災がありました。

あの後、多くの人がライフラインについて考えました。

そして住む場所、住む家です。


福一の事故がなかったら、それほどではなかったかも知れませんが、電気について多くの人が気付いたはずです。

便利なはずの電気が止まるとどうなるか?

身に染みて感じたことと思います。

エアコンさえなければ、500Wの契約でも、十分生活は出来ますよ!

後はマンションでエレベーターが動かないということです。

これは高層マンションでは致命的です。

でももう多くの方は、あのときの震災を忘れようとしています。

何もなかったかのように生きています。



折角の大きなきっかけが、無駄にならないよう、今一度考えてみては如何でしょう。

まだ何も終わっていませんよ!

これからです。






エンパスな人!

エンパスってどういう人?

エンパスとは感受性が高く、ついつい相手の感情を貰ってしまう人のようです。

なので多くの人が集まるところや満員電車、感情が入り交じる場所なとは苦手のようです。

テレビドラマや映画を観て、ついつい主人公に自分がなってしまったかのようになる人とか、悲しい場面で涙が止まらなくなるとか、サスペンスドラマで始めの方で犯人の目星が付くとか、そう言う人はエンパスかも知れませんね。


要するに周りのエネルギーの影響を受けやすい人と言うことです。

そう言う人は、この世界で生きることはとても苦痛かも知れませんね。

私もそうですが、あまり人との接触は好きな方ではありません。

しかしある程度波動が近い人との関わりは、そう辛くはありません。

極端に違うと疲れるタイプです。

人混みはまだましですが、組織とか集団的グループとかは苦手です。

但し気の合う仲間だけなら大丈夫です。

後はエネルギーが入り交じっている場所は、後から大変なときがあります。

以前、福井にある一筆啓上(日本一短い手紙)と言うところで、多くの人が送られた手紙を展示する場所へ行ったところ、翌日身体
がしんどくって起きれなくなったことがあります。

多分手紙に託された多くの人の感情を貰っちゃったんでしょうね。

特に手紙という文章に託された思いというのは、結構重いものが多く、情がこもったものが多いので辛いですね。


群れるのが嫌いなのは、エンパスだからでしょうか!

喜怒哀楽の激しい職場や環境は耐えられません。

ゆる~く、穏やかに過ごせる環境が好きです。


相手の感情を受けやすい人!

先読みして取り越し苦労する人!

一瞬でその場の雰囲気やエネルギーを読み取る人!

取り憑かれやすい人!

などなど・・・!


もしこの社会での生活がとても生き辛く、居場所が無いと思っているとすれば、もしかするとエンパスかも知れませんよ!

養殖人間!

最近共稼ぎ家庭が多く、ほとんどの子供たちは保育園に預けられます。

子供たちは、集団生活の中で我慢を覚え、人と同じであることの大切さを教え込まれていきます。

そして積もり積もって、大学を卒業する22年間を、役に立たない詰め込み教育の中、養殖人間として旅立ちます。

養殖人間は、飼い主に絶対服従です。

養殖人間は、自分で判断が出来ません。

養殖人間は、他人より早く、より多くの餌を欲しがります。

養殖人間は、群れを好みます。

養殖人間は、いつも順位を決めます。


そして養殖人間たちは、この社会で確たる地位を築いて、養殖であることに気付かず、他人を蹴落とし、他人を罵倒し、他人から搾取し、コンプレックスと言う劣等感に苛まれながら生きているのです。


あなたは養殖人間ですか?



私は幼い頃からいつも疑問を感じて生きてきました。


私は群れることが大嫌いで、人に合わせることも大嫌いで、媚びることも、着飾ることも嫌いです。

他人に使われることも、他人を使うことも嫌いです。

だからこの世界には馴染めませんでした。

今も同じです。

私はこの社会が大嫌いです。

私は養殖人間ではありません。

だから合わせることが出来ないのです。

競争も嫌いです。

自分自身、地球人であることが苦痛です。


どちらが幸せかと言えば、今の社会は奴隷に成り下がっている方が幸せなのかも知れませんが、真の幸せは養殖じゃない方が得られる気がします。


あなたはどちらを選びますか?

流れに乗る!

流れに乗るためには、瞬間を生きるようにすると良いでしょう。

今を大事にして、この瞬間を楽しむことです。

未来は今が創ります。

ですから過去はどうでも良くて、今が大事なんです。

泣いている、悲しんでいる今は、未来も悲しいですが、楽しんでいる今は、未来も楽しいはずです。

今この瞬間の行動とは、ピンと閃いた衝動を大切にし、「思い立ったが吉日」だと思って、その思いを行動に変えて行けば、やがて上手く流れに乗っていることに気付くでしょう。


だから今の自分の思いを大事にして、瞬間瞬間を大事にして、自分の閃きを大事にして、今この瞬間を楽しく生きることです。

言葉で言うのは簡単ですが、結構慣れないと難しいかも知れません。

瞬間の思いに耳を傾けるようにしましょう。


常識と価値観!

無知な人ほど正義を振りかざし、常識や価値観に洗脳されています。

本当の賢者は、常識を越えたところに意識があります。

結局常識とか価値観というものは、文字にならない法律のような物であって、それらはその国や土地柄に合うように創られていると言うことです。

ですから 「郷に入れば郷に従え」 と言うのです。


霊性が進化するにつれ、法律とか、正義とか、常識とかが煩わしくなってきます。

簡単に言えば 「言葉で言わなくても、何かで縛らなくても分かるでしょう」 と思うからです。

これを道義心というのかも知れませんが、要するに人間性の問題です。

縛るものがないと守れないのは、無知だからです。


賢者はそういうところを問題視せず、人間性とか、霊性を見て判断すると思います。

知識が増えれば、やって良いことと悪いことの判断も出来るようになるのと一緒で、霊性が高くなれば、地球レベルではなく宇宙レベル、霊界レベルで物事を判断します。

ですから地球レベルでは悪いことであっても、宇宙的に見れば些細なこともあり得ます。

そもそも目くじら立てるほどのことは、地球上では起きていないというか、幼稚で霊性の低い地球なのですから、そのレベルで見れば普通のことが起きているとも言えるでしょう。

しかしある程度霊的に目覚めてくれば、地球上で起きていることがどうでも良くなり、やがてそういうことには無頓着になるように思います。

魂の向上に必要な事柄ではないからです。

喜怒哀楽や四苦八苦する必要がないものには、何の魅力も無い地球の出来事に見えるかも知れません。

既に修行が終わっている魂と言うことでしょう。

高みの見物というか、幼稚園児の戯れくらいにしか映らないかも知れません。



私たちが常識とか価値観とか言って、人々を縛っているものとは、結局無知な人々に良いことと悪いことを教えるためと、統制を取るために使っている道具に過ぎないと思います。

多分霊性の高い星には法律なんて無いと思います。

法律がないと道義心で図れないのですがら、やむを得ないのかも知れませんが、そう言う星が地球なのですから仕方が無いのかも知れません。


みんな心の中に道義心を持っています。

しかしその道義心には、色んなレベルがあって、一人一人に正しさもあってバラバラなのです。

だから争いになるのでしょう。


宇宙の法は善悪とか正義とかを越えたところにあるので、それを愛という言い方をしたりしますが、地球に住まう全ての人々が、釈迦のように、またイエスのように霊性を高めないと、真実は見えてこないかも知れませんね。




囚われ、執着、常識、価値観!

囚われていることや執着していることがカルマとなって、現実を創り上げていきます。

そして常識や価値観によって、自分を正当化して分離していきます。

囚われや執着は、思い癖がほとんどで、過去世や今まで培ってきた習慣的思考が創り上げたものです。

この習慣的思考が現実を作り上げていきます。


自分にとって嫌なことが、よりクローズアップされるのは、自分と正反対のものや意見や形が違うものに対しての、優劣やコンプレックス、自尊心、自己防衛本能として、外の世界を自分好みに創り上げます。


そして自分が創り上げた世界を、如何にも在るかの如く認識しているのが私たちです。

この創り上げた世界は、自分だけに通用する世界であって、他の人は別の世界で住んでいます。

要するに一人一人カルマが反応するところが違うので、一見同じ世界に住んでいるように見えても、捉え方が違う分だけ世界が存在することになります。


そして集団的呪縛としての、常識と価値眼があり、これによって支配者の意図する方向へと統制されます。

常識は先人が良かれと思って創ったことであって、正しいことではありません。

価値観も同じです。

団体行動をする上で、一定の価値観を植え付けることはとても重要です。

この価値観によって、心の奴隷となっているのが私たちです。

学校教育もこの方法を利用しています。

価値観の共有という罠です。


こうなってくると、そこから抜け出すことは容易ではありません。

変人扱いされたり、村八分にされたりします。

戦時中は非国民扱いされたりもしました。

思想の自由と言いながらも全く自由じゃなくなっているのは、常識と価値観によって縛られているからです。

またこの辺りのことは後に詳しく書いていきたいと思いますが、要するに今生きている人々のほとんどが、心の奴隷になって生きていると言うことです。

自由だと勘違いしているだけです。

全然自由じゃなく、心はいつも縛られていて、レールから外れようとすると、恐怖感や罪悪感が湧くように仕組まれているのです。



当たり前だと思っていることは当たり前ではない!

電気が使えて、ガスで料理が作れてお風呂も沸かせる。

蛇口をひねると水が出ます。

毎日同じ時間に出勤して、月に21日くらい働くとそれなりに給料が貰えます。

自営の方も今までの流れの中で、それなりの収入を得ています。


毎日繰り返されるこの当たり前のことですが、世界から見れば全く当たり前ではない事なんです。

一番そう思うのは、水道でしょうか!

蛇口の水をそのまま飲めるのは、日本くらいかも知れませんね。

他の国のことを知らないのですが、多分少ないでしょう。

電気だって停電せずに使えるのも日本くらいかも知れませんね。

先進国はあまり停電しないでしょうが・・・!


毎日仕事があることも当たり前になっていますが、昨今は何が起きてもおかしくない時代ですから、東芝のように倒産するかも知れませんよね!

東北の地震のように、災害で仕事がなくなるかも知れませんよね。


いつも思うのですが、もしインフラが突然止まったら、みんなどうするのでしょう?

この当たり前に慣れていると、止まったら何も出来なくなりますよね。

一番大事な水がもし無かったら!

そう考えると、ちょっと怖いですよね。


逆に言えば、私たちはこれらの公共的インフラに命を任せていることになります。

電気・ガス・水道どれか一つでも止まれば、大パニックです。

この前の地震で計画停電とかで大騒動になりました。


地震などでは、水は1週間、2週間使えない状態になるかも知れません。

ガスもしばらくは無理でしょう。



こうして考えると、この当たり前はとても怖いことだと思います。

感覚が今の当たり前に慣れきっていると、何か起きたときに対処できないでしょう。


そこで最近気になっているのが、キャンプ用品ですが、寝袋やカセットコンロ、ソロストーブ、テント、給水タンクなどなど!

最低でも、寝袋とカセットコンロ、ソロストーブ(薪で自炊できる)、給水タンクくらいは用意しておきたいですよね!

いざというときに何とかなります。

仕事がなくなって極貧生活をする場合も、この様な道具があるとしばらくはしのげます。









最近若者の間で流行っている小屋暮らしも、テントの代わりに小屋を作って、後はキャンプと同じような生活です。

出来る限りインフラを自作する人が多いです。

水道の代わりに井戸を掘る方もいます。


電気は太陽光パネルで、水は井戸で、炊事は薪ですれば、公共的なインフラに頼らなくて済みます。

これに田んぼと畑と釣り道具くらいあれば、普通の生活は困らなく出来ると思います。



戦前など田舎の暮らしは、これに近いものでした。

野菜は川で洗って、炊事も川や井戸の水でやってました。

電気も白熱電球一つで生活していた時代です。

勿論炊事は竈で薪をくべて、お風呂も薪でした。


私はこんな暮らしを懐かしく思います。

みんなどうしてそんなにあくせく働くのでしょう。

生きるためには、少しの食料とそれを支える小さな家とエネルギーがあれば十分だと思います。

沢山稼いで、沢山税金払って、沢山物を買って、沢山物を捨てて、そしていつも足りない足りないと言って生活しているのです。

馬鹿というか、アホというか、もう少し考えたらあまりにも無駄な生活をしていることに気付くと思うのです。


医療についても大半の病気は放っておいても治ります。

下手に薬を貰うと長引いたりします。

検査を受けると病気にさせられます。

癌が見つかったらお陀仏です。

見つからない方が長生きできます。

病気にさせられた挙げ句、殺されてしまっては元も子もありません。


医療費だって10万超えたら返ってきます。

事前に申請すれば、10万以内に収まります。

それなのに高い保険に入るんですか?

医療制度は正しく使いましょう。



みんなが当たり前と思っている今の生活って、本当は異常なんです。

全然当たり前じゃない事を、当たり前だと思っていることが異常なんです。

昔の人は川で野菜を洗ったり、炊事をしたり、洗濯をしたりしてましたから、自然を大事に使っていました。

井戸も何軒かで掘って共同で使ったりしていました。

山の雑木もみんな燃料として使って、無駄な物はなかったと思います。

ゴミもそんなに多くはありませんでした。

魚は新聞紙に包んで売ってくれましたし、お豆腐は鍋を持って出掛けました。

野菜のクズは全て畑の肥やしです。

私たちが出す糞尿も畑の肥料でした。

ちょっとした紙類は、お風呂で燃やして使いました。

ビニールやプラスチックゴミもほとんどありませんでした。

今のようなゴミ回収すらなかった時代です。

それでもみんなちゃんと生きていけました。

原始時代に還る必要はありませんが、今の文明を維持しながらも、無駄遣いを止めて生きることを真剣に考えたら、そう多くの労働もお金も必要無いように思います。


もっと自分の時間を大切にしながら、楽しく愉快に生きていけるような気がします。

仕事がない=死

ではありません。

これも洗脳です。

最低限のお金はアルバイトで稼いで、後は出来るだけ自給すれば良いと思います。

これでも十分楽しく生活は出来ると思いますよ!






森友学園報道の裏で、種子法廃止法案(モンサント法)が衆議院通過

森友学園騒動の裏でこんな悪法が通過したようです。

自家採取すると逮捕されるとかでしょうか?

詳しくは分からないのですが、モンサントの遺伝子組み換え種やF1種しか植えられなくなると大変なことになりますね。


もう何でも良いから今の与党議員全部逮捕してください。(政治家全員ですね)


世界は既にグローバリストに見切りを付けているというのに、日本はまだグローバリストたちの飼い犬です。

ここまで日本の政治家がアホだとは思いませんでしたが、今に始まったことではないので、これからも忠実に尻尾を振って付いていくつもりでしょう。


多分、日本は世界から取り残されると思いますよ!

悲しい国です。

北朝鮮と一緒に干されるのでしょうか!


話は変りますが、以前紹介した 「地球生活NEO」 というブログに、「悟り」 について書いていたので紹介します。


地球生活NEO


ここでは 「今に在ること」 と言っています。

これは真実だと思います。

今を感じると言うことは、今のありのままを感じることであり、それ以外はないと言うことです。

自分の心が何を感じているかを観察し、今が平和で幸せで在るなら、既に悟っているのかも知れませんね。

移り変わる世の中に執着し、翻弄されていると、今を感じることは出来ないでしょう。

今を感じるとはこの瞬間を感じることであり、それ以上もそれ以下もないと言うことです。

この瞬間こそが悟りであり、覚醒でもあると思います。

今以外に何も無いことが分かれば、周りに惑わされることもなくなると思います。

そして今を感じているのは、自分の中の意識だと言うことです。

この意識に囚われが無くなった時点で、全てが幻と化し、悟りが開くのではないでしょうか。


ちょっと難しいお話でしたが、お釈迦様もこのことが言いたかったんだと思います。
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