震災後6年を振り返って!

【実録】日本人全員が内部被ばくしている!

ここに書かれている内容を見ると、どうも内部被曝回避が重要なことが分かります。

福島に住んでいても、汚染食品を食べなければ、内部被曝は少ないと言うことでしょう。

しかしこの国は 「食べて応援」 と称して、全国に放射能汚染食品をバラ撒いています。

今のお米の基準は100Bq/Kg以下です。

それもわずか数秒の検査のみです。

野菜やその他加工品については、明記義務もないので、どこで混入されているかは不明です。



実際内部被曝検査を通じて書かれていますが、ミネラルによって排出を促せるらしいので、玄米食に変えたり、ミネラルウォーターを飲んだり、天然の塩を使ったりすることで、数値は下がるようです。

しかし何も意識せずに、内部被爆し続けると最高で800Bq/Kgの人が居たそうです。

少し気にして、食品を選んで食べるだけでも、内部被曝は防げそうです。



<大震災6年>12万3168人 全国に避難 更に長期化も


次にこちらの記事を見てください。

岩手・宮城・福島の震災直接死と関連死の割合です。

    直接死            関連死

岩手:4673人           460人

宮城:9540人           922人

福島:1613人          2086人



どうして関連死が、福島だけ多いのでしょう?


仮設入居者数は、各県とも1.1万人前後です。

避難者数が、福島だけ多いのは、原発事故による避難指示区域の加減でしょう。

なので、避難しているから生活環境が悪い、というわけでもないような気がします。

それなのに福島だけが他県の2倍以上になっています。

多くの方が福島から離れ、他県で生活している事を考えると、籍は福島でも住民票は移しているはずなので、避難数と死亡率には関係ない気がします。


直接死については、宮城の1/5しか、福島では死んでいないことも分かります。

それなのに何故、関連死がこんなに多いのかです。

多分この数値には、原発関連の仕事で従事して亡くなった方の数は、入っていないと思います。

何故なら、ほとんどの人が、他県に住民票を置いている出稼ぎ労働者だからです。

勿論政府やマスコミからの報告も一切ありません。


あと気になるのは、行方不明者の数が、福島だけ非常に少ないです。

これは津波による被害が、他県より少なかったからなのかも知れません。

それにも関わらず、関連死が多いのです。


一応データだけ載せておきます。

後は各自で考えることだと思いますし、全て自由なので、私はこれ以上のことは言いません。

今のシステムに歪み!

3月18、19日は、新座セミナー&交流会です。

まだ少し余裕がありますので、お早めにお申し込みください。

特に土曜日はまだもう少し参加可能です。



最近色んなシステムが壊れ始めています。

社会的にも雇用については、既に崩壊しつつあります。

今生き残っている正社員は、中年層から上の方が多いように見られます。

青年層を見渡せば、派遣、アルバイトが中心かも知れませんね。


システムの歪みは、町内会にも出て来ていますよね。

会長をやる人が居ないとか、若い人が出て行ってしまうとかです。

よくよく考えると、みんな町内会は嫌々やっている人が多いですよね。

何でみんな嫌なのにやるんでしょうか?

一応法律上は規正もないので、入っても入らなくても良いとは思います。

ただ 「村八分」 にされたくないと言うだけで、嫌々やっているのでしょうか。

ご近所さんの互助やお付き合いは良いと思います。

でもはっきり言って町内会は有志で良いと思います。

入っても入らなくても生きるために支障が無いので、強いて嫌な町内会に入って、嫌な役を貰って、嫌なシステムを維持する意味がない気がします。

読みもしない回覧板を回したり、行きたくもない講演会・講習会に行かされたり、神社やお寺さんの寄付を集めたり、募金を募ったり、訳の分からない用事が多すぎます。

(寄付や募金は、町内会の組織を使うと法律違反になります)

ただボランティア活動的な溝掃除や川掃除などは、協力すべきだと思います。

逆に言えばその程度で十分だと思います。

読みもしない配り物や宴会・慰労会(飲み食い)に時間を割き、市からの補助金目当てや、その維持のために要らない行事を行ったりしています。

こう言う無駄遣いを止めて、本当に必要なことだけにすれば、みんなの負担(金銭的、肉体的)も、減らせるのではないかと思います。

街でアパート暮らしをしていると、町内会は皆無ですよね。

何も言ってこないし、隣に誰が住んでいるかも分からない状態です。

でも、震災などの災害時には、ある程度の連携は必要だと思うので、せめてご近所さんとのお付き合いはある方が良いかもしれません。

でもそれ以上の様々なことに関しては疑問を感じます。

しかし、中には騒音おばさんのような人もいますから、率先したお付き合いと言うより、気の合う方とのコミュニケーション程度で良いのではないかと思います。




お役所仕事という物があります。

今までからやってきたことを、時代が変っても同じやり方でやり続けることです。

時代相応に変えていくべきだと思うのです。

うちの町内会も、若い人が少なくなり、会長をやる人が居なくなってきています。

誰もが嫌な会長役は、みんなやっぱり嫌なんです。

なのでポイント制にして、町内会の貢献度が低い人に、半強制的にやらせようとしています。

要するに今まで仕事だとか言って、役職を断ってきた人優先に、会長職を持って行くというものです。

町内会は強制義務がありませんので、別に断っても良いとは思いますが、それを半強制にするのは如何なものかと思います。



若い人が出て行ってしまうのは、そう言う制度の見直しをしないからだと思います。

そうじゃ無くても安月給で大変な思いをして、みんな働いているのですから、町内会のことで仕事がおろそかになると、首になることだってあるでしょう。

土日勤務のサービス業の方に、強制的に会長役が回ってきたら、どうにもなりません。


世の中が変れば、それ相応に昔からのしきたりなども変えていかなければ、みんな楽しく暮らせないでしょう。


今日は町内会の話をしましたが、これは喩えとして上げただけで、会社の組織なども全く同じです。

昔と今は違います。

働き方も考え方も違います。

それなのにシステムは今までと同じじゃ、上手くいくわけがありません。

社会が変れば、それに準じたシステムも必要だと思います。



よく自給自足の村を立ち上げ、共同生活をして、結局失敗する人たちが沢山居ます。

大半の問題は、仕事量や考えの違い、組織化による歪みが原因だと思います。

新しいことをするに当たっても、今までと同じような組織を目指すと、多分壊れてしまうのでしょう。

共生と言っていながら、仕事は強制になっていたり、みんなで作ろうと言っていながら、いつもリーダー的存在が口を出していたりで、これだったら、今までの口うるさい長老的存在が指図して、嫌々動いている町内会と同じではないでしょうか。


有志というのは基本で、人が人を縛っては、何事も上手くいかない気がします。

だからそこに精神性というものが必要で、お互いを思いやる心と慈愛によって、みんなが共生できるような、そう言う社会にならないと、難しいのかも知れませんね。

そして必要なものと、必要でないものの仕分けもしていかないと、お金の無駄遣い、労力の無駄使いになってしまいます。

新しい時代は、強制や束縛ではない時代にならないと駄目な気がします。

殺人と圧力とお金で、一件落着!

維新の松井、総理の安倍共々、上手くトカゲの尻尾を切り落としましたね。

籠池氏に、全てなすりつけて一件落着!

命と引き替えに、圧力とお金で脅してケリを付けたのでしょうね。

流石です。

財務省も、売った土地の買い取りで、無かったことにするようです。

まあ、籠池氏もそれなりの罪の引き受け料を貰って、ホクホクなんじゃないでしょうか!

無かったことにするのだから、立件はなさそうだし、マスコミも料亭で丸め込まれたでしょうから、今後は尻すぼみ報道で終了でしょう。

天晴れとしか言えません!(笑)

食物とエネルギー!

厚生省は、一日30品目とか、栄養バランスなどと言っています。

色々と数値化して、1日当りの摂取量も書かれています。

例えば、1日に野菜350g必要とか言うものです。

そして一日に必要なカロリーも書かれています。

もし厚生省が言うことを守っていたら、多分肥満だらけで、成人病だらけの社会になってしまうでしょう。


そうかと言えば、1日1食だったり、不食の人も居ます。

厚生省の言うカロリーだとか、必要摂取量がもし正しいのであれば、1日1食や不食で生きている人の説明が付きませんよね。



最近畑をやり始めて思うことは、野菜の栄養素ではなく、野菜が持っているエネルギーが、食べる人間の生命に大きく関わっていると思っています。

スーパーの見栄えの良い野菜より家で穫れた野菜を食べている方が、身体の調子が良いのです。

昨年の春辺りから、自分で作った野菜を食べるようになりました。

その結果かどうか分かりませんが、明らかに健康になった気がします。

口内炎も出来にくくなりましたし、鼻炎も出なくなりました。

あと変ったことは基礎体温が上昇したことです。

重労働で筋力が付いただけではないように思います。


筋力だけを言えば、若い頃に仕事をしていたときの方がありました。

でも低体温に悩まされ、風邪を引いたり、鼻炎も頻繁に出ましたから、説明が付かないのです。


自然の恵みという言い方を良くしますが、野菜も同じで、自然の恵みを頂いて育ちます。

慣行農業では、化学肥料と農薬で育てますから、自然環境はあまり重視しません。

逆に、植える土さえあれば何でも育ちます。

その土の状態は関係ありません。

しかし、有機農法や自然農法は、土の状態で生育も変りますし、味も変ります。

多分それだけではなく、それに+自然の恵みが加わるんだと思います。

自然の恵みとは、目に見えないもの、数値で表せないもの、です。

同じ格好をした野菜でも、生命力のある野菜とそうで無い野菜と考えれば、何となく分かると思います。

自分で作った野菜は、冷蔵庫の中で腐りません。

腐らないというか、持ちが長いというか、いつまでも鮮度が良いように思います。

でも化学肥料と農薬で作った野菜は、冷蔵庫の中で良く腐ります。

キュウリがネトネトになっていたり、ニンジンがネトネトで黒くなっていたり、レタスやキャベツがドロドロに溶けていたりします。

でも自分で作った野菜は、あまりドロドロに溶けることも無いです。


これを一言で生命力の違いというか、野菜の持つエネルギーの違いと言えば、何となく頷ける気がします。

私たちは、野菜の栄養素を食べているのではなく、命(エネルギー)を頂いていると考えると、先ほどの1日1食や不食も、何となく説明が付くのではないでしょうか。

「いただきます」 は、「命をいただきます」 だと聞いたことはないですか?


命=その野菜が持つ生命力=エネルギー 

私たちは栄養素を貰っているのではなく、エネルギーを貰って生きていると考えれば、エネルギーの少ない化学肥料や農薬まみれの野菜より、有機で育てた、自然に近い野菜の方が、エネルギー量は多いのではないかと思います。

だから今まで病気とまでは行かなくても、体調が優れないという人は、食物本来のエネルギーを摂取していないのかも知れませんよね。

それ以上に農薬や化学肥料による毒素を食べていると考えると、怖い気がします。

化学肥料も多すぎなければ良いのでしょうが、ほとんどの野菜(スーパーの野菜)は、窒素過多で硝酸態窒素が大量に含まれています。

ですから特に葉物野菜は苦くて、直ぐに腐ってしまうのでしょう。

濃い緑色の野菜ほど、硝酸態窒素が多く含まれています。

硝酸態窒素は、身体の中でより多くの活性酸素を発生させたり、結石などの老廃物を作り出すと言われています。

健康な野菜は、葉の色が濃くないです。

有機でも、必要以上に肥料を入れずに育てると、葉の色は黄緑色をしています。

それでもちゃんと育ちます。

確かに成長はゆっくりかも知れませんが、その分自然のエネルギーも一緒に取り込みます。

これが命であり、生命力というエネルギーなんだと思います。


人間もこの生命エネルギーが尽きると、例え点滴や流動食で栄養素を補っても、死んでしまいます。

でも生命エネルギーがある間は、例え意識不明であっても生き続けます。


これは不思議なことでも何でも無くて、多分当たり前のことだと思います。

野菜だけでなく、雑草の生命力はもっと凄いと思います。

もし食糧難になったら、タンポポやオオバコ、土筆やワラビ、ゼンマイ、アケビなど、自然に生えている植物で、十分生きていける気がします。

私たちは食物の栄養素を頂いているのではなく、エネルギーを頂いているんだと思うからです。







小屋暮らし、田舎暮らし!

最近九十九里で若者が小屋暮らしを始めたとか・・・!



脱サラのヒントになるかも知れませんよ!


こう言う若者たちって、今の世の中に疑問を感じ動き始めたのでしょうね。

これからの生き方!

毎日記事を書くのは大変なんですが、何か一つでも参考になればと思って書いています。

ただそれも私が思っていることであり、全ての人に当てはまることでもありませんので、記事を読んでどう考え、どう行動しようと、全て自由なので、私に文句を言われてもどうにもなりませんので、始めにお断りしておきます。


真理を説いているのですが、この世界は物質世界であり、経済社会であり、これら全てを無視して生きるには、それこそ仏陀のように、野宿して生きなければならなくなってしまいます。


全ては幻で囚われるなと言っても、生活に関わることに拘らずに生きることは難しいでしょう。

学校もあれば、会社もありますし、地域社会もあります。

しかしそう言うものがある中でも、心穏やかに生きることは可能でしょう。

精神性を求める余に、物質社会を無視して生きるのなら、一掃のこと山へこもるしかないでしょうね。

これでは本末転倒になってしまいます。

心を磨くのであれば、そう言う関わりも大事かも知れません。

でもあまりにも関わりすぎて苦しくなっているのが、現在なのではないでしょうか。



これからの生き方として、様々な課題があります。

これから先、日本は人口が減ってくるでしょう。

これは子供の数が少ないので、当然というか、当り前に減ってきます。

あと30年もすれば、団塊世代の方も80歳を超えてきますので、これからは減る一方でしょう。

今の人口に見合う生活があるとすれば、人口が2/3に減った生活もあります。

が、この過渡期に色んな問題が発生して来るのは、考えなくても分かるはずです。



若い人が多くて、お年寄りが少ない間は、年金や健康保険も機能しますが、それが逆転するとどうなるかは、言わなくても分かるはずです。


そして人口が減ると言うことは、必要な物も減ると言うことです。

それと今の大人と子供たちの価値観も変ってきています。

私たちの必要は、今の子供たちの必要とは違ってくるはずです。

車に乗らない人が増えてきたり、働き方も変化しています。

永年就職の時代は既に崩壊しています。

そして派遣とアルバイトが社会の中枢を担うようになり、稼ぎ頭のほとんどがアルバイトで構成され、低所得世帯が広がりつつあります。

そして物が売れない時代がこれからも続くでしょう。

お金がないのですから買えないのです。

そして税金も減り、社会保障も減るでしょう。


もう既に介護はパンク状態です。

これから団塊世代が介護を受けるようになると、介護制度も多分崩壊するでしょう。

税収がない、社会保障が受けられない、収入が減る、貧困が進む、、、!

全く明るい未来なんて見い出せないでしょう。


これからは何を基準に生きていけば良いのか?

もう物質的幸せを維持することは、難しいかも知れません。

それよりも健康で人生を全うし、楽しく生きるような生き方の方が、これからの生き方になると思います。

物に頼らない、国に頼らない(頼れなくなる)、物質に最大の信仰を持たない生き方です。

心の幸せを重視して、本当の生き方にシフトしていくのが良いのではないでしょうか。

本当の生き方とは、物に執着しない生き方!

心の幸せを重視する生き方!

執着を捨てる生き方!

必要と不必要に気付けば、今がどれほど物質が溢れているかが分かると思います。

物質だけではありません。

見栄や体裁、秩序という鎖や常識に振り回され、心身共に狂い始めている世の中ですから、ここで一度冷静になる必要があるのではないかと思います。

それには価値観を変え、生きること自体、もっと真剣に考える必要があります。

何が幸せで、何が幸せでないのかです。

そして不幸にしている要因を知ることも大事です。

幸せに思えない生き方は、多分何処かで無理をしているんだと思います。

「何かが違う?」 と疑問を持って、軌道修正をしてみては如何でしょう。


先ほども書いたように、これからは国に頼る生き方というのは、多分難しくなると思います。

それならそれを見越して、これから先に困らないような生き方にシフトしておいた方が、良いのではないでしょうか。



言うのは簡単です。

でも実行は難しいと思います。

しかし今のまま惰性で生きていたら、多分何処かで身動きが取れなくなるかも知れませんよね。

経済面だけでなく、精神面も、肉体面も、全てに於いて幸せとは限らないと思うからです。

人の幸せって、健康で精神的に幸せであれば、物質を重視するようなことはないかも知れませんね。

それなりに、適度に物質(お金も含めて)があれば、そう困ることは無いと思います。

どんなに物を持とうと、所詮地球からの借り物に過ぎません。

死んだら全て無くなります。

本当に大事なことは何なのかを、今から考えてみてください。


情報社会の中で!

特にネット社会は、様々な情報が錯綜しています。

どれが正しくて、どれが間違っているかも、正直素人には全く分からないでしょう。

どちらが正しいかは、本人が正しいと思った方になると思います。

特に放射能問題などがそうです。

色んなことが言われていますので、何が正しいのやら???です。



多分結果が出ないと結論は出ないと思います。

そしてどう言う訳か全ての人に症状が出ないのも、判断が難しいところでしょう。

症状が出ない要因は、やはり免疫力の差なのかも知れません。

これが低線量被曝の曖昧なところなのでしょうね。



他にも色んな情報が流れていますが、自分が信じる情報が真実になると思います。

これは当たり前のことなんですが、それしか言い様がないのも事実です。

人は自分が信じていることにのみ、正しいと判断しますので、他人が何と言おうと自分の信念が基本になります。



ですから全てが正しいわけで、どれも間違っていないと思います。

人それぞれの信念に基づいた正しさがあるだけです。

私はそう言う信念こそ一度白紙にして、もう少し別の角度から見直すことも、また新たな発見に繋がると思います。

宇宙真理もそうですが、その人の知識や理解力によって捉え方も変ります。

だから真理なんだと思います。


浅い人と深い人では、同じ内容でも全く違い解釈になることもあるのですから、言葉という手段を用いると、その人の信念に基づいた解釈しか出来ないのも事実だからです。


色んな情報をどう解釈するかは、各自の自由です。

ですから放射能は大丈夫と思う人も居れば、危険という人も居ます。

しかし今まで多くの科学者が放射能に携わり、一応世界基準である年間1mSVと言う基準を作りました。

それに基づいて、放射能管理区域などを設定しています。


先日母の付き添いで、病院の放射線科の廊下まで行って、ガイガーカウンターで測ってみました。

勿論病院のレントゲン室は、放射線管理区域です。

放射線科の医師の立ち会いの下でしか立ち入りを許されません。

で、測った結果は、平均毎時0.20μSVでした。

これは廊下での話です。

中へは入っていません。


年間1mSVと言う基準から計算すると、

0.20μSV×24時間×365日=1752μSVで、1.752mSVになり年間1mSVを越えます。

レントゲン撮影に妊婦などの規定があるのはこのためでしょう。

レントゲン1回の照射で何SVあるのかは分かりませんが、良くないから基準を設けているんだと思います。


これは病院の話です。


ではフクシマの放射能基準はどうでしょうか?(日本の基準)

年間20mSVにしたようです。


これは正しいとか間違いとかではなく、結果を見ないと誰も答えが出せないと思います。

今フクシマノ事故から6年が過ぎようとしています。

11日で7年目に突入します。

多分今後10年20年経ってくると、その答えが分かってくると言うレベルでしょう。

それまでは、 「信じるか信じないかは、あなた次第です」 と言うことになります。

まるで都市伝説ですね!


プロフィール

megumin2012

Author:megumin2012
FC2ブログへようこそ!

カレンダー
02 | 2017/03 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
カウンター
現在の閲覧者数:
最新記事
カテゴリ
リンク
検索フォーム



月別アーカイブ
ブロとも一覧

旧ブログ跡地:黄金の金玉を知らないか?
RSSリンクの表示
QRコード
QR